角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 9

「お疲れ様です、テレナ先輩」

 

夜の寮の談話室で、角灯を机に置いて座ったフュルシーアが言った。今日のシェプルスキアはテアリアと遊んで早く寝ており、談話室にはテレナが一人座っているだけだった。

 

「ええ、かなり疲れたわ」

 

そう言って、テレナは刷りたての論考を一冊投げるようにフュルシーアに渡した。

 

「……噂通りの人ですね、テレナ先輩は」

 

「あら、どういう噂?」

 

少しだけ笑みを浮かべながら、しかし目から緊張を抜かずにテレナは冊子をめくるフュルシーアに言う。

 

「先輩たちに色々と伺いました。どういうわけか、私が先輩の新しいお気に入りになったような扱いをされましたが」

 

「これ以上お気に入りを増やすとさすがに学業が止まってしまうから、指導役は他の人に頼みなさいな」

 

「ほら、そうやって私を西側の人じゃないような扱いをする。テレナ先輩には明かしておきますとね、それはあなたがたの弱点ですよ」

 

「……なるほど、強かな南方系の商人であることを忘れてしまいそうね」

 

それを聞いてフュルシーアは年頃の少女のような笑みを浮かべながら、やはり話がわかる人だと考えていた。

 

フュルシーアの統合王国語は、辿々しいところがある。学院で困るほどではないが、頑張って学んでいると思わせるには十分なものだ。シェプルスキアと同じようにテレナと関係があることを匂わせれば、後は勝手に南方からの留学者だと思ってくれるだろう。

 

しかし、彼女はウォルセラルの出身である。冷海同盟の都市であり、知の拠点だ。しかし彼女にどこか漂う異国らしさに目を引かれると、それを忘れてしまう。ある種の才能であるし、それを活かしてきたのだろうとテレナは考えていた。

 

「学院の人たちはみな優しい人たちですね。テレナ先輩には恩があるから、とまだ学院に入りたての私に色々と教えてくれました」

 

「聞くのが上手ということも、また素晴らしいことなのよ」

 

「お褒めに預かり、光栄です」

 

「はいはい」

 

テレナにとって、ここまで恐ろしい年下の相手と出会うのは久しぶりだった。音楽で、数学で、あるいは美術で自分の越えられない高みに立つ年下は知っていたが、こと会話と謀略においては別だった。

 

「それで、婚約破棄事件の話ですよね」

 

「どこまで知ってるの?それによって説明から入るかどうかが変わるけど」

 

「リュクバーン猊下が大層お忙しい方だというあたりまでしか」

 

「結構知っているのね、ところでその呼び方は?」

 

敬称をつけるのは、普通は普遍派の人物だった。テレナが枢要僧と役職で呼ぶか、あるいは教授として扱っていたのはあくまで異宗派の人物であると一線を引くためという理由もある。

 

「信仰の隣人だから、名前ぐらいは知っているんです」

 

「すごいわね、私は帰伏教の主要人物の名前をほとんど言えないわよ」

 

「まあ、そういう人もいますよね」

 

そう言って、フュルシーアは姿勢を正した。

 

「テレナ・ノイーズ・イルデネ、エルンツィンガー伯爵令嬢に対し、私、フュルシーア・バラエイーシャ・アラクァイーバザは迷惑をお詫びいたします」

 

「それは、どれぐらい本心?」

 

「二心を持つほど、私は器用でも不信心でもありません」

 

「私と同じぐらい敬虔だというのかしら」

 

「劣らないと思いたいものです」

 

自分の噂を聞いているのであれば、いつもの信心深い朝寝をシェプルスキアに起こされていることぐらいは知っているはずだった。まあつまり、そういうことなのだろう。

 

「私は帰伏教について詳しくないのよね、もし時間があれば、聞かせてもらえる?」

 

「ええ、先輩とお話できるのであれば」

 

情報提供をしないかという誘いに、互いに話すのであれば構わないとフュルシーアは返す。

 

「それなら、いいわね。あとそうだ、何人か紹介したい人がいるけど」

 

「私も同級生たちを紹介してもいいですか?」

 

「構わないけど、私がその人達と直接話すかもしれないわよ?」

 

「友達の友達は友達ですから」

 

フュルシーアはそう言ってまた笑った。その可愛らしい笑顔を見るたびに、テレナの警戒心がどうしても緩んでしまう。

 

女性としての魅惑とはまた違う、少女としての強み。テレナにとってそれは弱みの側面が強く、かつて選ばなかったはずのものだった。

 

「それで、質問があります。テレナ先輩」

 

「構わないけれども」

 

「……シェプルスキア先輩って、何者なんですか?」

 

「何者って、そりゃツィノド女領主よ?」

 

「それは知っています。私が聞きたいのは、大伯父が危惧するほどの人なのかです」

 

「……南方事情は、分析に必要だから少し読んだのよ」

 

そう言ってテレナは軽く目を閉じた。

 

「メラドゥ・イフルテドゥーマ・アラクァイーバザ。海峡の北、コバラコの一帯を支配するバシュ・コバラコ、統合王国で言うならコバラコの地の長を担うクァイーバザ一族の当主である老人。北側世界との貿易によって蓄えた膨大な富と、それに裏打ちされた軍を持つ」

 

「実際のところは調子の良い爺さんだと思いますよ、大姪の行く学院に知り合いがいるからちょっと伝言を頼む、ぐらいの」

 

「南側世界から北側世界の一教育組織の学生の名前を知ると?」

 

「いえ、普通に交易とかで知ったんだと思います。あっちだとイプルカは大英雄らしいですから」

 

「まあ、そういうところはあるけど……そんなに?」

 

「こっちなら本とかになってると思いますよ、そしていかがわしい類似作品が出る」

 

フュルシーアはそういった本とともに育った少女だった。文字、銅版、あるいは彩色画。男性だけではなく、教養ある女性も密かにそういうものを求める以上、売るためにはその本の良し悪しを判断する必要があった。もしそれを十分中枢に近い人物が成せるのであれば、それは良い取引を生むのである。

 

ネアが様々な糸と織物について基本的な知識を持つように、フュルシーアも本については少しばかり詳しかったのだ。統合王国では禁止と書くことで売上を伸ばすような本も、もちろんその知識の範疇にある。

 

「ウォルセラル、本当に碌でもない街ね」

 

「言葉の上でやり取りされる人間の欲望の集まる場所ですから。私たちはそれをやり取りするものたちの末席を担わせていただいておりますので」

 

表情も声色も代えないところに、フュルシーアの恐ろしさがあった。彼女にとっては禁書を売ることは、それを求める人がいる以上当然のことなのだった。

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