角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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風説に隠れて情報は潜む
風説に隠れて情報は潜む 1


週が一巡りして休日が終わると、学院内は様々な噂であふれるようになった。

 

もちろん、噂を語っている学生の多くはそういった話をただ面白いから誰かと共有しているに過ぎない。学院内の猫の数とか寮監のかける厳しい生活の制限などについて話すのと同じように、同級生や先輩の醜聞を語っていたのだ。

 

一方で、賢い学生はそういった噂が与えうる影響から口を閉ざした。事件の中心となった三人は普段通りに授業を受けており、取り巻きや友人たちであっても何があったのかを問いただすことはできない雰囲気があった。

 

「うぅ……揺れる……」

 

「テレナ、もっと背中伸ばして。そんなんじゃ馬が怯えるから」

 

ただ、それはそれとして学院での学びが止まることはない。今日は女子学生を中心として乗馬の練習である。なお、シェプルスキアは教授の助手として教える側に回っていた。たしかに彼女は上流階級の淑女が求めるような馬の乗り方ができたわけではなかったが、それを治す必要もないと考えられたのだ。

 

「だって腰の下に生きている感触があるのって不思議じゃないかしら」

 

「……考えたこともなかった」

 

学院の持っている馬とは別に一部の学生は馬を持ってきており、各自で世話をしている。統合王国の軍人となる予定の男子学生は持ち回りでそういった馬の世話をする団体を持っていたが、シェプルスキアのように自分で代替できる学生は稀だった。

 

「おいこっちだ、言葉わかんないふりをして逃げようとするな」

 

シェプルスキアが(くつわ)を噛ませた馬の手綱を軽く引くと、彼女の馬はテレナを乗せて想定通りの方向に向きを変えた。

 

「賢いのね」

 

「そうでなかったらわざわざ連れてきたりしないよ」

 

別に誰が乗ろうが気にせず歩くふてぶてしさがあるこの馬は、シェプルスキアがイプルカと名乗って東の草原を駆けていた時からの相棒であった。もう老齢には差し掛かっていたが、若い頃からのんびりとしていたのもあって逆に老いを感じさせるようなことはなかった。

 

「あの……テレナさん」

 

会話をしている二人に、そう言って声をかける別の少女がいた。二人と同室の少女で、副公爵令嬢という立場にあるカロネという少女だった。その名前の由来となった若くして殉教した聖人の伝説にふさわしく、落ち着いていて信仰にも篤い、ある意味ではテレナやシェプルスキアよりも学院が本来求めているような女子学生である。

 

「……なに?ちょっといま危なくて」

 

落とされないように腿に力を入れてしまっているテレナが言った。本来はこうすると馬は走り出すものなのだが、シェプルスキアがうまく馬を押さえているのと馬自身の生来の怠惰が相まって暴走することはなかった。

 

「教授が他の馬にも乗せてもらいなさいって言っていて、私もシェプルスキアさんの馬に乗ってみたいのです」

 

「わかった、降りればいいのよね」

 

「あっちょっと待ってテレナ」

 

シェプルスキアが言うより早く鐙から足を抜いたテレナは姿勢を崩し、慌てて移動したシェプルスキアの腕の中に飛び込むような形になった。

 

自分のような細い身体であれば軽々と持ち上げてしまうんじゃないかと思わせるような制服と外套の下のしっかりした筋肉を感じながら、テレナは身体を支えられつつゆっくりと地面に足をつけた。

 

「……助かった」

 

「いいよ、気にしないで」

 

テレナの言葉にシェプルスキアは返して、カロネの方を見た。

 

「乗り方は大丈夫?」

 

「はい!」

 

元気にカロネは言い、少し不慣れな足取りながらもしっかりと補助なしに馬の鞍にまたがった。

 

「じゃあ、最初はあたしが引いて歩いてみるから落ち着いてみて」

 

「は、はい!」

 

「元気ね……」

 

カロネのよく響く声に、テレナは少し羨ましさを感じながら息を吐いた。

 

テレナとカロネは同じ同君地域の出身であるが、その背景はかなり異なる。テレナの父は独立性の高い伯爵領の領主であるが、カロネは同君地域内の王国のさらに下にある副公爵という立場となっている。領地は持っていることになっているが実質的にカロネの父は王宮での官僚であり、政治的に勢力を伸ばすよりも娘の将来の可能性を高めるために学院で学ばせているという形が近かった。

 

カロネは敬虔であり、毎日の祈りも欠かさない。普遍派が古くから使っている聖語訳と故郷の言葉の対訳聖典を手に朝から礼拝堂に通っていた。一方のテレナは家が抗議派であり、普遍派を前提とした朝の祈りには家の事情で出ることができないと言いながら朝の短い時間をまどろみとともに過ごすようなところがあった。

 

「こっちのほうが揺れは少ないですね」

 

「だから教授も試してみたほうがいいって言ったんだと思う。実際に乗るときはもっとしっかり座ってなくちゃいけないかもしれないけど」

 

「帰ったら練習しなくちゃいけませんね」

 

「やっぱり定期的にやっておくといいよ」

 

「毎朝乗っている人が言うと説得力が違うわね」

 

「テレナさんもせめて朝から運動したらどうですか?目が覚めますし」

 

「私は夜型の人間だからいいの!一年の中に定められた刻があるように、一日の中にも人それぞれに定められた刻があるんだから」

 

「そして神はそれを知っている、ですか。寮監みたいに怒る神ではないといいですね」

 

「今の神は寛容で慈悲深く、幾度でも悔い改めれば過ちを許すそうだよ」

 

「でも結局ちっぽけな私達は自らの中の過ちから逃れることはできないんですよ」

 

聖典からの引用の言葉を適切に投げ合いつつ、馬の上のカロネとテレナは同じぐらいの速度で歩いていた。誰かに引いてもらっている馬の背にいる時、当然ながら引いている人以上の速度は出せない。シェプルスキアが走ればテレナを置いていくほどの速度を出すことができるが、その時にカロネが無事でいるかどうかはまた別の問題だった。

 

シェプルスキアは二人の会話の中に聖典の一節が入っていることはわかったが、そこまですらすらと口から出るほどではなかった。彼女にとって治める地の正しい信仰を学ぶことは教養と文明の象徴であったのだが、生まれたときからそれに親しんでいる二人には敵わなかった。

 

ただ、それでも二人より馬に乗るのは格段に上手だから、と気分を切り替え、シェプルスキアはカロネに少し馬を走らせてみないかと聞いてみることにしたのだった。

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