角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 10

「……やっぱり辛いわね」

 

そう談話室で言いながらテレナは出れていなかった授業の分を追いつくべく、片っ端から他の学生の書いた記録や参考にするようにと言われた本に目を通していた。

 

「あたしならそもそも休んじゃったところがもしあったら飛ばしちゃうかな……」

 

「知識に穴があると、後から怖いのよ。ただでさえ人間の能力には限界があるのだから、せめて埋められるところは埋めておかないと」

 

「難しいところですよね、先輩」

 

「なあにフュルシーア嬢、そっちのやつは読み終わったものだから予習として見てもいいわよ」

 

「ありがとうございます!」

 

元気に言いながらフュルシーアは文字を読んでいく。テレナと同じぐらい文字を読むのが速いな、とシェプルスキアはぼんやりと考えていた。

 

一年間やらされただけあって、文字を読むのは多少できるようになってきた。ゆっくりと口に出して読むのであれば問題ない、というぐらいの速度であるが。だからテレナやフュルシーアのような、口に出すよりも早く読む方法についてはよくわからなかった。

 

「……ウォルセラルにない本はなし、なんていうのは嘘ですね」

 

フュルシーアは呟くように言った。

 

「あちこちで知識というのは生まれ、消えていくのよ。本になるのはわずか」

 

目を動かす速度を会話のために少し落としてテレナは言う。

 

「確かに、一度散らばった言葉を集めるのは難しいですものね」

 

「そちらの経典の話?」

 

「まあ、そうです」

 

二人の会話を聞きながら、シェプルスキアは帰伏教の経典を思い出していた。かつてシェプルスキアが大君侯国にいた時に地域の長老が朗読しているのを聞いたことがあるのだが、様々な響きがしてよく意味のわからなかったシェプルスキアにとっては子守唄のようにも響いていたのだった。

 

「抜粋しか読んだことないの。注膏教の聖典は一通り目を通したけれども」

 

「こっちも別に暗唱者ってわけではないです」

 

「そちらだと暗唱者というのはあまり良くない響きだと聞いたけれども」

 

「地域によりけりですね、経典重視の唯一派に対して慣行派が批判する時によく暗唱者って言い方をしますから」

 

「あれ、西が唯一派で東が慣行派だっけ?」

 

シェプルスキアの言葉にテレナは頷いたが、フュルシーアは難しい表情を浮かべた。

 

「うーん、そう簡単には言えないけどだいたい間違ってなくって……」

 

「統合王国が普遍派で、冷海同盟が抗議派っていうのと同じぐらい間違ってない、ってあたりかしら」

 

「もう少し緩いんですよ、あまり異宗派での闘争が帰伏教ではなくって」

 

「すばらしい宗教ね、ぜひとも聖座の皆様にも広めたいところだわ」

 

「まあ原因は間にある砂漠のせいなんですけどね、あれを越えて進軍するとかとてもやってられないので」

 

大内海の南側沿岸には砂漠が広がっている。時折ある川沿いには都市が作られているが、東西の行き来はどうしても難しい。

 

「海は?」

 

「これもまた難しいんですよ、シェプルスキア先輩」

 

フュルシーアはそう言って、姿勢を正した。

 

「大内海には多くの勢力があります。そして、兵を運べるだけの船とそれを守れるだけの海軍を作ろうとすれば、警戒した他の地域がまとめて潰しにかかります」

 

「そっか、陸みたいに障害物がないってことはどの勢力も海戦には参加できちゃうんだ」

 

「もちろん島が多いところだと海流が読みにくくて遭難が多発するとか、長らく中の悪い勢力があるとか、大内海に浮かぶ島を支配できれば強いとかいうのはあるのですが、実はこのあたりも私は詳しくないので……」

 

「そのあたりにいたあたしもわかんないから、仕方ないよ」

 

「なら無理ですね」

 

諦めたようにフュルシーアは言った。

 

「ところでフュルシーア……嬢?」

 

「フュルシーアでいいですって、フュルーみたいに呼んでくれてもいいんですよ?」

 

「じゃあ、フュルーちゃん」

 

「はいシェプルスキア先輩、なんでしょうか」

 

二人のやり取りを冷たい目でテレナは一瞬見て、また本に視線を戻した。

 

「その布の下、染めてるの?」

 

そう言われてフュルシーアはつけていたことを忘れていた黒い布を引いて、結んでいた端をほどいた。

 

「毛先を赤に染めているんです。もとの毛が薄い茶色なので綺麗でしょう?」

 

「おお……」

 

シェプルスキアは感動して目を輝かせながら、少し癖のあるフュルシーアの髪を観察していた。

 

「とはいえ染めているとやっぱり北側だと目立ちますからね、布で隠すのはそういう理由もあります」

 

「経典には詳しくないけど、どうやら色々と解釈があるようね」

 

「まあこのあたりは本当に色々面倒なので。とくにまあこう、クァイーバザ一族だと教団とかとかなんとか……」

 

「教団?」

 

「こっちの修道会とか巡礼団みたいなものですよ、別に異端とかそういうのではないです」

 

「粗布教団?」

 

「あっテレナ先輩は詳しいですね、さすがです」

 

「南方街みたいなところには興味が少しあるのよ、特にああいう場所では変な人が集まるそうだし」

 

「変とは失礼ですね、我々は然るべき対価を払い、尊敬を持つものには扉を開くのですよ」

 

「北側にあるべきではないものを、ここは南側だからと主張して受け入れるか、あるいは押し込まれるか。そういう役割は否定できないのでは?」

 

「遠くから見ればそうでしょうが、そこに住んでいる私たちからはなんとも言えませんね」

 

「……無礼なことを言ったわね、フュルシーア嬢」

 

テレナの固い、崩されていない呼び方にフュルシーアは少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「別にちょっとぐらい口が滑ることはありますよ、私達の神と同じく、寛大な心を持ちたいものです」

 

「ええ、私達の神ね」

 

一応、帰伏教側としては注膏教と同じ神を奉じているということになっていた。とはいえもともとあった注膏教側からすれば後から何を言うと言う話である。とはいえ注膏教も何もないところから生まれたわけではないのが面倒なところだった。

 

ここを深く掘り下げると、神はどうにも人間の創造物として捉えるのが良さそうだとなってしまう。そしてそれは、少なくとも今の南北世界においては禁句であった。

 

それをわかっているテレナとフュルシーアは笑顔を浮かべていたし、そもそも神について漠然となんかあった時に名前を唱えるといい感じになるという認識をしているシェプルスキアはよくわからないけれども二人の仲が良いのはいいことだと考えていた。

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