角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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盤面に交じる言葉は惑う
盤面に交じる言葉は惑う 1


「あー、テレナ嬢?」

 

非常に気まずそうに、学院に帰ってきたアニドは午前の授業が終わった後にテレナに声をかけた。

 

「今までの授業の要約なら、私はあまり頼れないわよ。ちょっと特殊な案件が入って、あなたのように私もしばらく動けなかったから」

 

「……灯火、だよな」

 

アニドの言葉を聞いて、テレナは頷いた。

 

「そっちにも、もう届いていたのね」

 

「おかげで抜け出すのが遅れた」

 

「王室側はあれをどう考えている?」

 

前提の共有は終わった、とばかりにテレナは言う。

 

「学院が秘密を守らなかったせいだと攻撃の材料にしつつ、聖座や地方派の話がわかるやつと連携するつもりのようで」

 

「古き良き貴族体制の復興でも狙ってるの?今の情勢で?」

 

「学院派と購官貴族は今の時点で明確に対立の姿勢をもう見せている。灯火を墜とすことすら厭わないぞ、と」

 

「馬鹿ね、あれは脅しで使えるものじゃないのに」

 

「……それについては詳しく後で聞かせてほしいのだが、ひとつ、テレナ嬢に個人的に伝えなくちゃならない秘密がある」

 

「私に秘密を預けることの意味を、わかっての発言?」

 

テレナはそう言って、アニドの目を見た。シェプルスキアのように内心を見通すまでは行かなかったが、緊張をしていることははっきりと分かった。

 

「……本を、読んだか?」

 

「ええ」

 

「三人の描写について、どう思う?」

 

「内通者がいる。それも教授か学生か。三人の近いところで、個人的な性格まで見ていた人物でないとあのずらし方はできない」

 

そうして、テレナは気まずそうな、あるいは処刑台に立つようなアニドの顔を見た。

 

「……なるほど。誰に流したの?」

 

「冬の間に、ちょっと危ない結社に誘われてな」

 

「……なるほど、秘密を守れなかったら私まで統合王国の長い手が伸びてくると」

 

理解して呆れたテレナに、アニドは困ったように、あるいは絶望したように笑った。

 

「学院の話を色々としたんだよ、あくまで個人の話として、そして俺から出たことが気が付かれないような内容でだが」

 

「……じゃあ、あの本の恐ろしさは理解していないと?」

 

「反王国とか反体制とかじゃないのか?いや、今までの破棄関連の色々がやり直しにはなるだろうが……」

 

アニドはそう言いながらも、テレナの様子がかなり異常なことに気がついてはいた。ただ、自分の想像の範囲ではそこまでテレナが思い悩む理由はなかったのだ。

 

「あなたの動ける範囲で安易な妥協案を取らないように、でも面倒な裏の交渉を全うにそういう話ができる人とできるように動ける?」

 

「統合王国を二分しようという闘争を、続けたままにさせろと?」

 

「下手にそれを止めると、火薬に火が付くのよ。あの本で語られたものは、私に言わせれば理想主義に過ぎない」

 

「理想主義だなんて今でも色々あるじゃないか。王室の権威だの、聖座の普遍性だの」

 

口を開く場所がここではなかったら、立場によっては命すら危ないことをアニドはさらりと言った。ある意味ではテレナに自分をどうにでもする権利を与えるほどには、アニドはテレナを信頼していたし今回の本の件を重く考えていたのである。

 

「それが実際に動くまでは、混乱が続いてきたのよ」

 

「壊れそうな機械を使い続けると事故が起こるぞ」

 

「見解の差異ね、このあたりはたぶんどちらも正しいのだろうし、少なくとも王室内部の見解としてあなたの意見は尊重するわ」

 

「おい待て、王室は違うぞ。何も考えてない」

 

テレナはアニドの言葉に目を見開いた。

 

「……どういうこと?」

 

「俺が最後に出た会議ではこの本を取り締まること、あとはこの本を持っているやつを不敬罪でも反逆罪でもいいからともかく取り締まれという話になっていた」

 

「少しでも考える力があれば、それ自体が相手の利になるのがわからないのかしら」

 

「そもそも本をまともに読むことができないんだろうさ、あれは第三王子の擁護に回ってさえいるのに」

 

「考えなしの馬鹿を踊らされている馬鹿と描くのは擁護とは言わないのよ」

 

「待つ事ができたのさ、あいつは。俺らの読みが間違っていただけで、十分王の素質があるよ」

 

「……なるほどね」

 

テレナは思考の対象を統合王国全体から個人的なものに切り替える。統合王国の社交界の裏に結社があるのはよく知られた話だった。結社と言うとものものしいが、実際は同好会と言ったほうが実態に近い。

 

しばしばそれは数百年の歴史を謳ったが、実際のところそれが本当かどうかは誰も知らなかった。確かにそういう結社の話は色々と存在した。古い数学者たちの教団であったり、あるいは聖座に追いやられた古い信仰の残り香であった。ある時は南方から来た秘薬を用いて永遠の命と尽きぬ富を与える賢者たちであったし、細工師たちの秘密を守るための集まりだった。

 

もちろん、そういった集まりはある意味では実在した。統合王国の中でも勅令特許団体として、あるいは王認学術協会として、そういう人々が集まり、秘密裏に議論を交わし、そして大きなことを決めうることはあった。ただ、これを言えば王室自体が怪しい結社とも言える。

 

「……第三王子と、あなたは繋がっているの?」

 

「繋がってないわけ無いだろ、一応は俺は王室に属しているんだぞ」

 

「……第三王子と王室と、選ぶならどちら?」

 

「より安定して、縛られずに生きていける方に」

 

「……了解。あなたの選択を、私は止めない。でも、混乱が起きた時にはあなたの味方ができるとは限らないからね」

 

「敵にならないように、せいぜい足掻くとしますよ」

 

アニドはその意味を、話しながら理解していた。もし統合王国が崩れる時、そして崩れてあの本にあるような体制が生まれた時、アニドはどちらに立つかを選べる立場にある。もし上手くやれば、王室の傲慢が生んだ悲劇の子として扱われることもできるだろう。

 

しかし、一歩間違えれば古い体制の支援者となる。その間を器用に歩く事はできない以上、どちらに与するかは決めなければならなかった。

 

そしてもしテレナと異なる陣営についたのであれば、彼女は自分をもはや友とは思わないだろう。敵の駒に情をかける打ち手はいない。もちろん、テレナの味方になったところで彼女は自分の駒にも情をかけるような人ではなかったが。

 

「とはいえ、できるだけ同じ方を向いていたいものね」

 

「そうだな、やるべきことをするか」

 

「まずは学ぶことね。今からシェプルスキアと復習をするから、一緒に来る?」

 

テレナの誘いにアニドは少し驚いてから、頷いた。

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