娯楽室は男女共用のものであり、仲の良い学生たちが時間を過ごしているような場所だった。
「……詰みです」
そう言って自分から帝の駒を倒して、少年が言う。
「いい試合でしたね、レイルグ君」
「やめてくださいフュルー嬢」
そう言われたフュルシーアは、ちょっと残念そうな顔をして駒を並べ始めた。
「フュルーちゃん……って、試合中ならごめん」
「構いませんよシェプルスキア先輩、あっ紹介しますね、彼はレイルグ君」
「こんにちは。ええと、彼女が前に言っていた?」
「そう、あのイヴェリャン団の」
二人の会話を聞いてシェプルスキアは不思議そうにしていたが、テレナは案外噂は広まってるものなのだなと素直に考えていた。
「始めまして、ええと先輩方?」
「私はテレナ。まあしがないエルンツィンガー伯爵の娘よ」
「エルンツィンガー伯爵領といえば最近色々と改革が上手く行ったところではないですか。ええと僕はレイルグです。ティロの出身です」
「あー……うん、よろしくお願いします」
「ねえテレナ、ティロってどこ?」
「同君地域の東で、一応共和王冠国とも接していなかったからしら」
「そうです、そこです」
「神聖連邦時代に作られた大きな大学とか、あるいは大宗派戦争のきっかけの土地とか」
「色々と歴史のあるところです。歴史しかないともいいますが」
そう言ってレイルグは笑った。
「で、ここしばらくの私の
フュルシーアが言うと、レイルグは微妙な表情をした。シェプルスキアだけがその顔が自分とフュルシーアの距離感をどういうふうに取ればいいのかという悩みであると見抜いたが、それをわざわざ口にするほどシェプルスキアも無粋ではなかった。
「なるほどね」
そう言いながら、テレナはフュルシーアがなぜ彼と仲がいいのかを考えていた。ティロは確かに大きな都市だが、そことの人脈自体はどこまで有用なのかテレナにもわからなかった。しばしばハッヘンヴルト家の財布とも揶揄される鉱業と産業を持つ地帯であるが、同時にハッヘンヴルトによる中央集権の試みを幾度となく拒んでいる地でもあった。
あるいは冷海同盟に所属するパルデセン騎士団領との国境争いの問題だろうか、というのもあった。テレナの父も参加した聖冠継承戦争においては戦地となった場所でもある。しかしその対立も今はおさまっているはずだ。
「あ、テレナ先輩が悩んでますね」
「フュルー嬢、テレナ先輩は何に悩んでるんだと思う?」
「うーん、テレナのことだからまたどうでもいいこと考えているんじゃないかな」
フュルシーア、レイルグ、そしてシェプルスキアの言葉にテレナは溜息を吐いた。
「好き勝手言ってくれるわね三人とも」
「ごめんなさい」
そう言ってフュルシーアはばつの悪そうに、しかし憎めない感じに顔を伏せた。
「レイルグ君、先輩として少し忠告をしておこうか」
テレナは椅子に座り、一つ年下の少年を見た。
「このフュルシーア嬢に、あまりのめり込まないほうがいい」
「彼女が悪い人なのはわかっているので大丈夫です」
「ならよかった」
このやり取りだけで、テレナはレイルグの能力を概ね把握した。悪友関係というのはなかなか築くのが難しいが、一度できればそれは強固となる。なにか後ろ暗いことすら共有できる関係は、何かあった時にこそ役立つのだ。
「第一学年の中ではなかなか頭の切れる人なんですよ、こんなぼんやりしてそうに見えても」
少し自慢げにフュルシーアは言う。
「僕ってそんな騙されやすそう?」
「うーん、あたしから見ると賢いんだけど考えすぎてそれを織り込んだ相手の策略に嵌りそうな気がする。時には素直になったほうがいいよ」
「……ありがとうございます」
シェプルスキアからの指摘を受けてレイルグは小さく頭を下げた。
「素直でかわいいところもあるから、そのあたりもいい同級生」
そう言われたレイルグは、照れなのか謙遜なのかわからない表情を浮かべた。
「まあわからないことがあったら、勉学関連なら私に聞いて構わないから。あとそっちのシェプルスキア嬢も、軍事系をやるなら頼っていい人。なにせあのヴィンサート教授に認められているわけで」
「ああ、あの忌まわしき男ですか」
レイルグにとって、ヴィンサートという名前は騎士団領の軍への畏怖とともに語られるものだった。その的確な用兵と練兵は、それができぬ地からすれば忌まわしきと語るしかないほどのものだった。
「ヴィンサート教授は今は学院の人だよ」
「っと、口が滑りました。……黙っててもらえますか?」
「対価は?」
「ええと……」
すぐに返せないレイルグを見て、真面目なやつではあるんだなとテレナは考えていた。とはいえ、すぐ慣れるだろう。学院というのは面白いと思われた学生に色々なことを学ばせたいと思う人が多いのである。それは先輩もそうだし、教授や講師たちもそうだ。
そして第一学年で注目を集めているフュルシーアのそばにいるのであれば、自動的に色々な混乱に巻き込まれることになるだろう。自分もシェプルスキアには色々振り回されたしな、と自分から危ない場所に足を踏み入れていたことを脇に置いてテレナは考えていた。
「じゃあ、私が保証をしましょう。レイルグ君には貸しですからね」
「南方街で金を借りるなっていうのは僕の故郷のティロでも言われているんですからね、フュルー嬢」
「おや、知られていましたか。それと私は友人への利息は安くしているのですよ」
笑いながらフュルシーアは言う。
「……フュルシーア嬢」
「なんでしょうか、テレナ先輩」
「金を貸す時に利息をつけるのって、帰伏教ではどうなんだっけ?」
「これは支払金への保証金ですから、利息というのはあくまで便宜上のものですよ」
すらすらとフュルシーアは言った。このあたりは帰伏教の解釈の問題であり、厳密な解釈上ではあらゆる形での金融業について戒めるものだとする時もあれば、より柔軟に汗を流す労働の重要性を説いたものだとする時もあった。
一応、フュルシーアはこのあたりについては素人ではない。南方街における揉め事の解釈には経典をもとに判断を下すことも多く、そして裁く役目を担うのは地域の代表者とみなされるフュルシーアの父であった。
派閥の問題と外部への影響、そして神学的知識と世俗の力関係を把握したうえで判決を下す以上、それなりに筋を通すための知識は不可欠なのだった。