角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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盤面に交じる言葉は惑う 5

「統合王国内部の警察の動きよ」

 

そう言って、ヨルワは教授室に訪れたテレナに紙を何枚か渡した。

 

「これは全部覚えたほうがいいものですか?」

 

「そうしてもらえると助かるわ」

 

「えっと……?」

 

そしてテレナの隣には、何もわかっていないように見える新入生がいた。

 

「フュルシーア嬢は、こういう場所は初めてかしら?」

 

「はい……とてもいい雰囲気ですね」

 

嘘だろ、とテレナは考えていた。応接室のない有力者の部屋があってたまるか。しかし彼女の目の輝きはおそらく本物だったし、定義によるのだろうなとは理解できた。

 

「それはよかった」

 

「統合王国風、とは少し違うのですね」

 

「私の趣味よ」

 

ヨルワはハッヘンヴルト家傍流のギローツテア家出身であった。夫ということになっているパステリアス伯爵の屋敷から離れて、自分だけの空間を作るということはそれなりに政治的意味があった。

 

テレナはそれを表面的に読み取る能力はある。しかし、フュルシーアはかなり深いところまで読むことができていた。

 

調度品の価格も、壁紙の種類も、ある程度の見当はつけられた。これは物流という形で多様な商品を扱うことも多い南方系商人の一族から引き継がれた目でもあった。

 

「さてフュルシーア嬢、学院の中で入学してすぐに色々頑張っていたそうね」

 

「そんな、友達を作るのでまだ精一杯ですよ」

 

「とても大事なことね」

 

ヨルワに返すフュルシーアの笑顔に比べれば、どうしてもヨルワの顔は作り笑いに見えるところがあった。シェプルスキアであれば、フュルシーアの表裏のなさを理解できるのだろうがテレナには微妙な言葉にできない、あまり当てにならない違和感としてしか感じ取ることはできなかった。

 

「さて、あなたが持ってきた本を一通り見たけれども良い贈り物ね。誰が選んだの?」

 

「基本的に、私が好きな本を選びました。難しい本はウォルセラルの知り合いの人たちがおすすめしてくれたのもありますが」

 

丁寧に、しかしあくまで自然体を崩さずにフュルシーアが言う。緊張するような場面にも慣れていて、それゆえの余裕を出している形だ。

 

ヨルワは眼の前の少女を、テレナのような形の脅威とは捉えていなかった。この手の人物は危害を与えてくることも、敵になることも少ない。必要であればあらゆることができるが、必要がなければしない人物だ。

 

フュルシーアの中で合理性ができていれば、張り付いた仮面となっているそのころころ変わる元気な表情のまま、刃をヨルワの胸に突き立てることもするだろう。テレナであれば生まれる一瞬の躊躇は、おそらくフュルシーアにはない。ただ、それを成すためには明確なフュルシーアへの利益が必要だった。

 

南方系商人は金で動く。それは北側世界の共通見解であったし、故に侮られ、恐れられた。フュルシーアはそのような偏見を利用する人物であったし、ヨルワはフュルシーアがそのように動くことを選ぶだろうと考えていた。

 

とはいえ、面倒で教えがいのある学生には間違いない。そういう教え子は、嫌いではなかった。もちろん、それだけの仕事は回すつもりであったが。

 

「フュルシーア嬢は、今の状況をどう思う?」

 

「……統合王国王室は思うように動けない、ということですよね?」

 

恐る恐るといった調子が少し混じりながら、フュルシーアは言う。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「統合王国の本の規制は何段階かにわけられますが、今回『墜ちる灯火』が指定された段階ですと強制捜査権が適用されるわけではありません。書店において売っていれば摘発して没収をすることができますが、統合王国の通行人の鞄や誰かの屋敷を漁って本を見つけることはできないはずです」

 

さすがにそこまでの話はテレナも知らなかったので、素直にそういうものだったのかと納得をしていた。

 

「書籍の規制内容も長々と書かれていますが、いつもの定型文ですね。つまりこの本を特別視しているという姿勢を外には出せないことを示しています。これは当然でしょうね、明確に規制なんかしたらこの本が面白いことがわかってしまいます」

 

フュルシーアはそういう面白い本の専門家だった。もちろん、それは同時に見つかりにくい方法で情報や思想を隠すことに精通していたとも言える。ウォルセラルの街で、彼女はしばしば出版を目指す若者たちにちょっとした指導をしていた。

 

なぜ本を作りたいのか。誰に届けたいのか。どこまで各地域の当局とやり合う覚悟があるか。そういったものを理解しなければ、本は想定外の人に届いて考えてもいなかった問題を引き起こす。もちろん普通の小説であれば意外な読者に受け止められてもいいのだが、そうではない本も珍しくはなかった。

 

「王室側からの強い介入があるとしたら、日程でしょうか。本来であればあともう数ヶ月は保ちます。もちろん担当者に適切な便宜を……などと言うと問題になりますがね」

 

「その担当者は私も知らない人ではないわ。そして彼が趣味の絵画にかなり金をかけているのも有名な話」

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

フュルシーアの素直な納得の表情を見て、政治を肌で知っている層の強みというのをシェプルスキアは感じていた。そこには一般論ではなく、感情を持った人間の利害関係がある。

 

テレナは統合王国の政治や社交界の人物を、本でしか知らない。どの役職に就き、どのような本を書いたかはわかっても、その人となりを知ることがないのだ。

 

一方でそういう人物はヨルワにとっては同じ舞台に立つ相手であり、フュルシーアにとっては取引するべき相手だった。その視座を持ち合わせないテレナの意見は、どうしても理論や理想を語るものになってしまいがちであった。

 

「ともかく、王室とか貴族のあたりは本心では規制をかけたいけれどもそれを反映させるとあからさますぎて動けないわけです。なので警察の担当も動ける範囲でだけ対応しているといったところでしょうか。ここで回収された本が横流しされているというのもありますけどね、嘆かわしい」

 

「嘆かわしいって、どういう意味で?」

 

テレナが聞くと、フュルシーアは目を伏せた。

 

「我々の商売敵になるからですよ、模倣品ならともかく本物を仕入れ値なしで売られてはどうしようもないですからね」

 

それを聞きながら、統合王国の組織はそうとう状態が悪いのだなとテレナは考えてしまっていた。

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