角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

118 / 300
盤面に交じる言葉は惑う 8

「つまり、全体の構成を再調整したほうがいいですね」

 

図書室の奥で、フュルシーアはテレナに言った。ここしばらく、二人はここで悪巧みにいそしんでいるのであった。

 

「……ねえ、フュルシーア嬢」

 

「なんですかテレナ先輩」

 

「いえ、あなたの物語に対する洞察力には驚くべきものがあるし、とても感謝している」

 

「ありがとうございます」

 

「その上で、言わせてもらうわ」

 

テレナはそう言って、息を吸ってフュルシーアを睨んだ。

 

「なんでこう、そんな創作し始めた人を折るような事を言うのよ!」

 

「雑な筋書きで物語を書きたくないからです!あとやるならいいもの作らないとそもそも広まりませんよ」

 

「内容なんてどうでもいいのよ、物語さえ面白ければ」

 

「そのせいで先輩は困っているんですよね?」

 

フュルシーアにそう言われ、テレナは小さく頷くしかなかった。

 

「ええ、そうよ。そして逆に言えば、物語という飴で包めば苦い薬も飲みやすくなるということがわかった」

 

「シェプルスキア先輩からもらった飴、おいしかったです」

 

「薬草飴、癖がなかった?」

 

「ああいう味が好きなので」

 

南方街では、しばしば北側世界とは異なる形の医療が行われた。それは解剖と分析を主軸とする北側世界の主流の医学とは異なっていたが、そもそもその医学すら最近までまともな観察や理論すらなしに死体を見て生体を理解したつもりになっていた人々が築いたものであった。

 

「……とはいえ、この方向を変えるのは難しくないかしら」

 

テレナは走り書きを見ながら呟いた。物語の舞台はとある東方地域の伯爵領。農民反乱によって若い四男が担ぎ上げられ、そしてその正義が暴走していく物語となっている。

 

善良に見える農民たちの素朴な、しかしだからこそ厄介な正義感と劣等感。廃止された特権と、それゆえに生まれる問題。平等と言う概念の恣意的な利用。地主、農民、都市市民の対立。いずれもテレナはある程度その空気を掴んでいたし、その意味でありえなくはない程度の物語に仕立てることはできた。

 

「いっそのこと物語を逆転させてしまうとか?憎まれ役が失敗するようにすればいいのでは」

 

「あまりそういう話を書きたくないのよ、どうしても私の中にある否定的感情が滲んでしまうから」

 

そう言いながら、テレナは登場人物たちの一覧を見ていた。いわゆるわかりやすい悪人を、テレナは意図的に減らしていた。それは彼女がウィルトールから受け継いだ甘さでもあったし、巨大な問題を前にした人間の矮小さを嘲ることを嫌っていたからでもある。

 

不作の時に、麦を無から生み出すことはできない。聖典で一万人に満たない人の腹を満たすだけで奇跡と言われるのであれば、軍の指揮官はまがい物の神ではなく真の創造主か何かではないかと昔読んだ異端反駁の本を思い出しながらテレナは考えていた。

 

テレナはそのような本を読みながらも、表面的には信仰のあり方を変えなかった。とはいえ家庭教師の語っていた理想が別に新しいものではないことを知り、そして聖座の教えも多くの議論と修正の上で成り立っていることを理解したというのは彼女の世界に対する見方をゆっくりと、しかし確実に変えたと言っていいだろう。

 

「うーん、難しいですね。物語の設定は好きなんですが」

 

「歴史書でよければ書けるけど、叙事詩はやはり勝手が違うわね」

 

テレナの書いた紙には、具体的な舞台となる地域の情報があった。領地の地図には流れる川と街道が描き込まれ、面積から見積もられる収穫量とそれが支えられる人口、そしてそれが生む産業と軍事についての計算もあった。

 

「架空の歴史書はそれはそれで面白そうではありますが、買う人は限られそうですね」

 

「歴史がわかって、その上で諧謔もわかるとなると限られそうね」

 

「結構いません?」

 

「諧謔にも種類があるのよ、愚か者を見て我々はああではないと笑うのはあまり趣味ではないわ」

 

「テレナ先輩は道化がお嫌いで?」

 

「芸として練られたものは好きよ」

 

物語を道化の視点から描くのもありか、とテレナは考えて紙の上に登場人物の名前を書いて線で結んでいった。あまり複雑にしすぎてもよくないが、単純になりすぎないように。しかしフュルシーアに教えられたとおりに、物語終盤になるにつれて陣営を絞っていく。

 

そして起こるのは、終幕の対立だ。「墜ちる灯火」で描かれたような、文学論で言うところの浄化は大きくはない。課題は積み上がっていて、それを一つずつ対応していくしかない。それは辛いことだが、眼の前のことをやる人々であれば可能なことだ。

 

古いものを、悪いとわかっていながら残すことがある。理由がわからないものを、わからないなりに受け入れる場面がある。それは単純な過去の作品への反抗というよりも、それを受けれてもなお混乱を止めることが重要だというテレナの中で生まれつつある思想だった。

 

「……ところで、フュルシーア嬢は何を書いているの?」

 

「一場面を具体的に文章にしてみた形になります」

 

「見せてもらってもいい?」

 

「はい、どうぞ」

 

テレナは素早く冒頭に少し目を通してから、ゆっくりと最初から読み直し始めた。文体は「墜ちる灯火」とよく似ている。意図的に寄せているのだろう。それがわかるとわざとらしいまでの言い回しが面白く思えてくるのだった。

 

老農夫が若き領主に生き方について説く場面は、テレナがフュルシーアに語った案以上に辛辣に書かれていた。丁寧に語っているように見えながら聞き手が余所見をすることを叱り、この怒りすらお前のためなのだと言うあたりはこういう人物はいるなと思わせてくれる。

 

しかし、それは語られることなく角灯主義の批判になっていた。結局彼らの言う理性とは自分に従うことであり、彼らの言う無知や迷信とは自分に逆らうことなのだ。そしてそれを農夫に言わせることで生まれる違和感をある場所では適度に消し、また別の場所では膨らませることで読みやすさと引きつったような笑みを浮かべたくなる面白さを実現していた。

 

「……フュルシーア嬢、あなたはこの種のものを書かせたら天才かもしれないわね」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めているということでいいのかしらね、これ」

 

そう言ってテレナは天上を見上げ、これを活かせるだけの原案を作らなければいけないのかという自分に課せられた課題を思って息を吐いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。