角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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盤面に交じる言葉は惑う 9

「ねえ、テレナ」

 

食堂で朝食を色々なことを考えながら食べていたテレナは、隣に座ったカロネから声をかけられてかなりびっくりして背筋を伸ばした。

 

「……なんですか、カロネさん」

 

「また面倒なことをやっているのは知ってるわよ、学業はおろそかにしていない?」

 

「そこはまあ……大丈夫なはず……」

 

テレナはそう言いながら本当に大丈夫かどうかを確認していた。卒業に困ることはないはずだが、時間を他のことにかけられない以上どうしても提出物の質が下がってしまうのは仕方がなかった。できれば冬が来る前に本を北側世界に広めたかったため、時間の余裕がほぼない状態と言ってよかった。

 

「困ったら友達に頼るのよ?」

 

「頼れるところはもう頑張ってるよ……」

 

「そう」

 

少し冷たくカロネは言って、脂の浮いた温かいスープをゆっくりと飲んだ。そろそろ朝は寒くなっていて、礼拝堂に行くときに外套の前をぎゅっと閉じる必要があるようになっていた。

 

「ところで、あなたの後輩について質問があるのだけど」

 

「カロネさんの後輩でもあるでしょう?」

 

「そうだけれども、話したことがないから」

 

たとえ同じ学院の中にいても、繋がりがないということは決して珍しくはなかった。テレナだって話したことがない先輩や後輩がいたし、異なる地域の出身であると同級生であっても詳しい話を知らずにそのまま卒業、なんてことは普通であった。

 

ただそれでも、もしどこかで会えば学院の卒業生としてちょっとした思い出話はできるだろう。そういう関係も、ある意味では学院のもたらすものであった。

 

「レイルグ君とフリューシア嬢って、どういう関係なの?」

 

「フュルシーアね、気をつけて」

 

「フュル、シーア……いやごめん、そこは本題じゃないから気にしないで」

 

余計なことを言ってしまったな、とテレナは頷きながら思った。

 

「あの二人って、婚約者?」

 

「……違うとは思うけど」

 

振る舞いからして、知り合ったのは学院に入ってからのはずだ。たしかに学院で出会って結婚するような話は聞くが、その場合でも婚約をするのは大抵は卒業後のはずだ。

 

婚約破棄をあくまで個人の進路選択の問題と矮小化することに手を貸したテレナだったが、同時に一般的な社会通念も理解しているつもりだった。冷海同盟では相対的にその特別性が失われるが、それでもなお結婚とは家と家の問題であった。だからこそ、駆け落ちの形で婚姻のために必要な手続きが少ない都市に二人で行くという事もあったのだが。

 

「そう……」

 

「なにか問題でも?」

 

「いえ、距離が近いなと思いまして」

 

「ああいうものでは?」

 

「テレナさんはそのあたり気にしない方ですけど、殿方を勘違いさせるかもしれないのでそのあたりはきちんと自衛してくださいね」

 

「はい……」

 

確かにテレナは幼い頃から男性の多い場所にいたために、そういう環境には慣れてしまっていた。婚約者のいる身であることもあって、正直なところその手の話には興味がなかった。愛人を作るのもそのための色々が面倒であったし、それを政治に使えるほどの社交性もなかった。

 

「……しかしそうなら、良い二人ですね」

 

「そうなの?カロネさんなら不道徳だとか言いそうだと思って」

 

「確かに私の出身のネヴォエリ王国ではとやかく言われそうですけれどもね、ここは学院ですよ?」

 

「いちいち苛立っていたら仕方がない、か」

 

「むしろ寛容の精神というつもりだったけれども……まあ、そうかもしれないわね」

 

カロネはそういったやり方を、自分は取らないと考えていた。異性に触れることもなにか嫌だった。よく考えればそれは故郷でそういう経験がないだけだったかもしれないし、それは彼女がきちんと守られていたということでもあった。

 

ただ、他人が自分とは違う場所で、同意の上でそういう事をやっている分には、口を出さないと決めるのにはどうしても時間がかかった。それまでは口を出せなかっただけであって、いつからかカロネは意図的に介入しないという事を決めるようになっていた。

 

「……学院に染まっているのね」

 

「帰ったら色々言われそうで嫌よ……」

 

「危ない角灯主義に染まる悪い娘にならないようにね」

 

「それを言ったらテレナが一番危ないと思うよ」

 

「その通り」

 

明らかに、テレナは危ないことをしようとしていた。それは他人が作ったものに横から介入して、その意味を丸ごと変えてしまうような作品の制作であった。

 

「話を戻すわね、まったくテレナさんと話しているとすぐに面白い別のこと喋ってしまう」

 

「うん」

 

聖典の一節を引用して黙っていることの価値を説こうかとも思っていたテレナは、素直に口を閉じることにした。

 

「あの二人は、なんていうか……恋人のような関係なの?」

 

「違うとは思うけど、そうなってもおかしくはないかと」

 

テレナはその手の感情について、正直詳しくはなかった。たしかにそういう場面が登場する作品は読んでいたが、好きというほどではなかった。彼女にとって人間関係というのは面倒なものか楽しいものかであって、そこにもし高揚感や興奮があったとしてもそれは知的なものの場合がほとんどだった。

 

「……学院の近くの村にいる薬師は、色々と危ない薬も持っているらしいわ」

 

「学院内で起こった過ちを、どうにか消せるような?」

 

「身体にかかる負担は大きいらしいけれどもね。噂では、そういう技術を持つ女性だからわざわざここに招かれたなんて話もある」

 

「確かに女性なら、女性の身体に詳しい事も多いか」

 

テレナは別に、男性であるとか女性であるとかいう理由で専門家を判断することは少なかった。それでもなお、どうしても越えられない壁があることを知っていた。多くの肉体労働は女性より男性のほうがうまくこなす。そして妊娠中でもできる仕事であれば、動けない妊婦がやったほうがいい場合がある。

 

「……そういう話は、何かあったら聞いてね」

 

「カロネさんは、詳しいの?」

 

「私になら話しても良いって人がいたの。悪用をしないだろうし、困った人にきちんと伝えてくれるだろうからって」

 

「信頼されているのね」

 

そう言いながら、彼女に向けられる信頼は自分が受けている信頼とは質が異なるのだろうなと考えていた。テレナの言う信頼や誠実というのは、盤上遊戯で手を抜かないことのような意味を持っているのだった。

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