角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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風説に隠れて情報は潜む 2

「テレナ嬢、少しいいか?」

 

午後の授業が終わって寮に戻ろうとするテレナとシェプルスキアに声をかけたのは、二人の同学年の男子であるアニドであった。

 

「私達ではなく、私に?」

 

「……そう」

 

「というわけでシェプルスキアさん、申し訳ありませんが先に帰ってもらえます?」

 

「はーいわかったよ」

 

そう言ってシェプルスキアが去っていくと、テレナとアニドのすぐそばには人がいなくなった。見える範囲にいくつか人影があった上に二人も堂々としていたため何かを邪推されることはなかったし、二人の表情にそのようなものが漂ってもいなかった。ただ、会話の内容が聞こえる距離に人がいないことを二人はきちんと周囲を見渡して確認していた。

 

「婚約破棄の話、色々調べてるだろ」

 

「そこまで本格的にしているつもりもないのだけれど」

 

別に隠しているつもりでもなかったテレナは直接口にしたわけでは無いが、事実上それを認めた。

 

「いや、ヨルワ教授から言われたんだよ。話を聞きたければ同学年のテレナ嬢を訪ねろと」

 

「面倒くさがって横着したな……?」

 

少し恨みがましい空気を込めてテレナは言った。ヨルワ教授とて時間が無限にあるわけではない。特に学院の教授としてこのあと起こることの情報を集めるためには、直接古巣に戻るなり旧友に連絡を取るなり時間を使わなければならなくなるだろう。だからこそ自分の認めた学生に説明を任せたのだろうが、テレナからすれば面倒事を押し付けられた形になることは避けられなかった。

 

「返せるものがあるかわからんが、何が起こっているか教えてもらえるか?」

 

「……何が起こっているかはわからない。何かが起ころうとはしているけど、その中で何が起こるのかも不確定」

 

「そこまでか?」

 

「そこまでなの。あなたのように最初から何も知らなかったふりをするのもいいかもしれない。対応は後手に回るけど、それでも波を乗り越えられるしたたかさがアニド君にはあるでしょう」

 

「そう言われると買いかぶりすぎだ、と言いたくなるけど……そうじゃないんだよな」

 

「ええ。ただの一学生の錯乱で終わればいいけど、それで終わらない要素が多い」

 

そう言って、テレナは考えられる展開を説明していった。例えばもし王室と公爵家が秘密裏に何らかの落とし所を見つけ、表沙汰になる前に決着をつけたとしよう。しかし、それでも社交界の噂の全てを消し去ることはできない。婚約破棄が実際になされたかどうかはともかく、王子がそう言ったことは変わりがない。

 

そのような侮辱をして公的な対応を示さなかった王子とその背後にいる王室の誠意はどこにあるのか、あるいはそのような侮辱的な行動に対応しない公爵家の名誉はどこにあるのか、と言われれば二つの派閥は沈黙することが難しい。問題はこれらの声が外部から出ることがあることだ。

 

もちろん、それは自分の所属する派閥の内側からの声として出るかもしれない。しかしその声が特定の陣営によって増幅されたものではない保証はどこにもないのだ。

 

「……そこまで考えられはしなかった」

 

「ヨルワ教授はそこまでわかっているけど、直接は言えなかったと考えてもいいかもね。もちろんそういう証拠を残すような人ではないけど」

 

そう言いながら、盤外戦でもヨルワ教授に勝てなかったとテレナは悔しさを感じていた。父親との暗号通信経路は破壊されて表面的には何も起こっていないと通信する文章を送ることを強いられたため、何かが起こっていることは父に知らせることができても何が起こっているかは共有できていない状況であった。

 

そして、こういう話をヨルワ教授は自らは語らなかった。前にテレナがシェプルスキアやネアとともに訪ねた時もそうだったが、ヨルワ教授は言質を取られるような発言を嫌う。それは彼女が習慣の水準になるまでの自己制御の上に生み出した、処世術の一つである。

 

一方で、テレナはそこまでして自分を守る必要を感じていなかった。テレナは学院内で圧倒的な力の裏付けに欠けており、十分な権力があれば彼女が実際には何を言ったかを関係なく何かを言ったことにさせることができる程度の立場と言うこともできた。

 

それは逆に言えば、苦労して何かを隠す必要もないということだった。場合によってはどこまで信じられるかは別として相手の発言が捏造であると主張するしかないし、その際に派閥間の勢力を読めば一方的に問題視されることは避けられなくはないだろう、というのがテレナの見立てだった。

 

「……良く考えられているもんだ。無理だろ、ここまで見るのは」

 

「ヨルワ教授はやってのけていたと思う。その上で、何が起こるかわからないと言っていた」

 

「そうすると、良い参謀を雇ったほうがいいな」

 

「報酬は後払いでもいいよ」

 

「テレナ嬢と組むかはまた別の問題だ、必要であれば頼らせてはもらうが、きちんと双方に利のある形で手を組みたい」

 

「律儀だね」

 

「そうでなければいいように使い潰されかねないだろう。白紙の委任状を渡すほど、お前を信じることができていないだけだ」

 

「対等な取引を示していただけるだけで寛大なのですよ。アニド君は自分の外側から見た立場をきちんと理解したほうがいい」

 

統合王国の王室が行った粛清への衝撃は、注目を欠かさなかった他地域にも響いていた。王に権力を集中させることによって自由に敵対者を作り出し、その権利と富を没収することができるというのは脅威的に、あるいは魅力的に映った。テレナの父、エルンツィンガー伯爵はあくまで前者の立場である。

 

小さな、しかし独立した伯爵領であるということは同君地域内の争いにおいて頼れるものがいないことを意味する。長年のエルンツィンガー伯爵家の宿敵であったハゼウ伯爵家との取引としての結婚は、少なくとも統合王国の場合よりは強固に見えたが、口先一つで崩しうるものである程度には弱かった。ただでさえ宗教的権威より個人を重視する抗議派の家においてであれば、なおさらである。

 

だからこそ、王室という立場ではなくあくまで一学生として情報の提供と願う取引をしてくるアニドに対してテレナが敬意を払わない理由はなかった。もちろんあくまで学友としての話になるが、少なくとも自分を侮辱した取り巻きに対して特に行動を起こしていない公爵令嬢の側にも、あるいは王子の側にも付く理由がない以上、あくまで自分に関わりのない範囲ではアニドの敵になる理由はなかった。

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