雪道を分けて一行は進む 1
「……どうするのがいいかしらね」
テレナは個人で作った北側世界の地図の写しを見ながら考えていた。同君地域を西から東まで駆け抜けることになる。街道はある程度整備されていたが、伯爵令嬢一人が旅をするには不安なものだった。
「なにそれ、テレナ」
「手作りのものよ、機密にならない程度にしてある」
とはいえ旅人の地図としては過剰な書き込みのあるそれは、警戒されている地域の検問では没収されても仕方がないほどのものだった。
「ケラフェツからティロまで。手紙であれば六日だけど……」
「あたしなら十日かな」
「相当な強行軍よ。馬に慣れていない私では無理」
馬というのは繊細な動物だ。その能力を発揮するためには馬の様子をきちんと見ることができねばならない。そして、テレナにはその能力がなかった。
「ところで、何でティロに行くんだっけ」
「話してなかったっけ」
「うん」
そうシェプルスキアに返されて、テレナは言っていなかったかと息を吐いた。
「議場学の本場の意見を聞きたい。手紙ではどうしても伝わらないものがある。だから私が直接行く」
レイルグからの指摘は、テレナにとって今までの考えをひっくり返されたようなものだった。
「……行ったところで、話を聞いてもらえるの?」
「それは……リュクバーンに頼む」
普遍派の頂点である聖座の学識者であるリュクバーンの力は、ティロにも届くはずであった。少なくともテレナはそう考えていた。
「テレナらしくないよ」
「……そう?」
「うん」
「わかった。計画は中止する」
テレナは一旦シェプルスキアを信じることにした。自分の思考がまともでない時に立てた計画は間違いなく失敗する。それぐらいのことは理解していた。
「……でも、一旦私も帰りたいな」
「行って帰ってぐらいにならない?」
シェプルスキアの治めるツィノドの地まで行くとなると、雪で道が途絶えることまで考えればかなり厳しいものとなった。
「……なら、一旦どこかの街で会うとかなら」
「そうするとティロはいいところよ、交易都市でもあるし」
少し遠回りにはなるが、同君地域を貫く道を東に辿っていくとツィノドの近くにまで伸びるのだった。
「……そうすると、移動手段?」
「学院の帰省で使う馬車では遅いのよね、あれは貴族の子女の護衛用に組まれているから」
「あたし一人だけなら弓があればいいんだけどね……」
「冗談?」
「本気だよ?」
テレナは頭の中で読んだことのある旅行記を思い出し、さすがに傭兵団長が馬に乗って駆けるものはなかったなと息を吐いた。
「ティロといえば、レイルグは?」
「冬の学院よ、私がヨルワ教授に推薦した」
そう言って微笑むテレナに、シェプルスキアは何か怖いものを感じていた。去年の冬の学院では多くの学ぶことがあったが、大変だったのは間違いなかったのだ。
「……あの二人を?」
「レイルグ君には授業が終わるまでに最低限の社交儀礼を教え込む。幸い、男性の教師役にも心当たりがあるからね」
「誰?」
「アニド君」
「確かに彼なら心配ないか」
統合王国の王室の中にいて、微妙な機微を読みながら目立たない場所にいつつ小さくない情報収集力をしっかりと持っている同級生を思い出しながら、シェプルスキアは頷いた。
「フュルー嬢については大丈夫」
「そうなの?」
「かなりしっかり叩き込まれていた。儀礼書で届く範囲じゃないわよあれは」
「そんな二人なんだ……」
テレナからすれば、後輩の二人は自分を上回るところがいくつもあるのであった。特にテレナが自身を持っていた盤面を見る力が、既に分析されていたあたりであったというのを突きつけられるのは辛いものがあった。
だからこそ、それは有効活用しなければならなかった。テレナが話した限り、今の西側の知見と比較すればレイルグは議場学の専門家として十分名を通すことができるだけの知識がある。あとは話す練習さえすれば問題なく役者となれるだろうし、彼には一流の役者がついているのだ。
「ティロで本と専門家の話を聞きたい。そのためには普通の統合王国の学生が帰る一団とは別に進む必要がある」
「……あたしがついていくのは?」
「乙女二人は……さすがに難しいでしょう。護衛対象がいれば、取れる作戦の数が減らない?」
「……たしかに、テレナを守りながらは辛い」
戦力にならないと言われたようなものだったが、テレナにとってそれは仕方のないことだった。
「それなりに急いで同君地域を東西に移動する一団が必要。そういう人達についていくことができればいいのだけれども……」
「調べるとしたら、どうするの?」
「噂話を集めないといけない。ヨルワ教授に頼んで手紙を出してもらうか、あるいはリュクバーンを頼るか……」
しかしいずれも統合王国の主流の噂を集める場所とは異なる場所にいた。
「……ねえ、テレナ」
「なによ」
「統合王国の噂に詳しい人、あたし心当たりあるよ」
「誰?」
「テワドレーム公爵」
「無茶を言わないで……いや、たしかに不可能ではない、か?」
テワドレーム公爵の娘と、テレナは知らない仲ではない。テアリアを通せば会話も可能だし、実際に顔を合わせたこともある。
「あたしの見立てだけど、公爵は頼んだら嫌とは言わないと思うよ」
「わかるの?」
「去年から変わっていないのであれば。それに、今回テレナが動くことで統合王国の混乱を抑えられるかもしれないわけでしょ?」
「まあ、道理は通っているか……」
上流階級同士の手紙というのは、案外雑に出されるものだ。返信を期待しないで片端から商会の手紙を求めて書き、運良く読んでもらえたところから仕官を掴んだと言う話もある。
「テレナなら、丁寧な手紙は書けるでしょ?やってみたら?」
「雑に言ってくれるわね……」
それでもなお、さっきまで自分が追い詰められていた時の案よりは悪くないようには思えた。
「あとはちゃんとヨルワ教授に聞けばいいと思うよ」
「そうしてみる。ところで、どうやってシェプルスキアはそういう方法を思いつけるようになったの?」
「うーん、テアリアに話を聞いたり、ちょっと自分でも本を読んでみたり、そういうのやってたからかな」
「……なるほど」
ただ、シェプルスキアは一番学んだ相手については内緒にしていた。直接言うのは少し気恥ずかしいものあったし、まだ今は油断している相手から学ぶ期間だからと考えていたのもある。