角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪道を分けて一行は進む 2

「つまり、テレナ先輩は私達が故郷にも戻ることができないというのに、楽しくティロまで遊学しようって言ってるの?」

 

フュルシーアは、あくまで笑顔のまま聞いた。明確に怒気が籠もっていたが、もし音がなかった場合、談話室で机を挟んだ先輩に微笑む可愛らしい少女に見えただろう。

 

「あなたの仕事は色々と学んで繋がりを作ることでしょう?冬の学院に勝る場所はないと私とシェプルスキアが保証するわ」

 

「それはとてもありがたいです!」

 

そう言って、フュルシーアは息を吐いた。それでもなお、彼女の明るい様子はあまり変わっていなかった。

 

「やっぱり難しいですね、嫌だってちゃんと正面から言うのって」

 

「やんわりと断るのと同じぐらい大事なことだから、ここは練習ね」

 

「はぁい」

 

「レイルグ君のほうは、どう?」

 

テレナが視線をフュルシーアの隣に向けると、レイルグは頷いた。

 

「アニド先輩のやり方はとてもわかりやすいです。なんでそういうことをしなくちゃいけないのかの背景がきちんと含まれているので、表面をなぞるだけではなくより実践的な場面でも役立ちます」

 

「周囲の様子を見るのは得意な人だからね、そこはしっかりと学んでおいたほうがいいよ」

 

「親からは宮廷作法を教えるために通わせたんじゃないぞ、と言われそうですが」

 

「教授ともなれば多少の政治はするでしょう?」

 

「ティロの大学は……まあ、それなりにしていますが」

 

ティロは政治的に微妙な立場を取らざるを得ない地域だった。普遍派が主流ではあるが、大学内には堂々と抗議派を名乗る人物もいる。議場学の理論をこねくり回し、どうにかして人事や資金への介入を適度にいなし、あるいは受け入れることを取引材料としていた。

 

そういったレイルグにとって、この学院で見る景色は興味深い分析対象だった。そしてその視座を持つことができるという根拠は、一つ上の先輩にいた。

 

テレナはそれを、体系的ではない形で認識している。そうあるからという記憶ともとに、基本的な力関係をもとに構造を把握している。それはレイルグの得意としている議場学の一派、すなわち比較によって分析を行う手法をそこまで取り入れていないとも入れた。

 

「まあ、かわりにティロに行くのだから頼まれ事ぐらいはするわよ。手紙だろうが荷物だろうが、二人で運べる範囲であれば」

 

「とはいっても本は結局フュルー嬢に頼んだほうがいいんだよな」

 

レイルグが言うように、ティロの出版業界すら現地での印刷よりも少し離れた場所に任せたほうが輸送費を加味しても安いことが珍しくなかった。それに、最初からティロに頼んでおけば同じような本が出回ることも少ないのだ。

 

結果として試し刷りのようなものは地元の印刷所で行い、清書されたものは冷海同盟のほうに注文することはよくあることだった。結果として、フュルシーアの人脈を使えば北側世界の大半の本が手に入ることになる。

 

「レイルグ君はどういうのが欲しい?年頃の少年が親にこっそり隠れて買うような本でもきちんとした学術書らしい装丁をつけておくよ?」

 

「料金は?」

 

「冬の学院でしっかり手伝ってくれれば、それぐらいは報酬として出すよ?」

 

それを聞いてレイルグは息を吐いた。とはいえ、こういったやり取りはいつものことだし、それが嫌ではなかった。さすがのレイルグもフュルシーアが自分に抱く好意には気がついていたが、それがどの種類の好意なのかはわからずにいた。

 

そして、学院でそのようなことを安易にやるとどうなるかはかつて先輩が処理したという事件の噂話から理解していた。南方街の連帯を敵に回さないほどには、レイルグはフュルシーアに対して正気を保っていたのである。

 

「それで、前に聞かれたことですけどね」

 

レイルグは人の名前が書かれた紙をテレナに渡した。

 

「僕の知る、議場学の話ができる人です。テレナ先輩のような人であっても、まあ拒みはしない人を並べておきました」

 

「拒む人に心当たりが?」

 

「いるんですよ、女に学は必要ないだの、全てを壊したほうが良いものができるだの、ハッヘンヴルト家のもとに団結するべきだの」

 

「多様な人がいてこそ議論が発展するけど、多様な人と付き合いたくはなし、か」

 

テレナはそういった偏りが生む弊害も理解はしていた。聞きたいことばかり聞いていては、人間の耳は腐っていく。歴史上賢王と呼ばれた人物は、周囲に優秀な、しかし反抗的な人物を置いていることも珍しくなかった。

 

しかし、そういった相手との些細な議論が時間を奪うこともわかっていた。もし対等な立場で、盤面を挟んで向かい合うように言葉を交わすことができればどれだけいいだろうか。盤上遊戯ではなく相手を言葉の刃で刺すことを当然だと思っているような人を、テレナは打ち手であるとは認められなかった。

 

「あとはこの人が、正規の大学教育を受けたわけではないですが僕の師匠の一人です」

 

「女性の方?」

 

「母の従姉妹にあたる人です。母も少しは官房学をやってはいるのですが、むしろ歴史のほうが専門で」

 

「なるほど」

 

ティロのような場所において、女性が学問をやるというのはどうしても珍しいものだった。学院にいると忘れがちであるが、ここは異常な場所なのである。そして学院の卒業生であっても、自ら学問をやる人は少数派であった。

 

「二人の食費ぐらいであれば、僕の蓄えから割いてもらうように両親にお願いします。それぐらいはしますよ」

 

「いいっていいって、二人とも必要な分の費用は払うから」

 

旅は庶民にとっては金がかかるものであったが、もし貴族が庶民のような旅をするのであればその資金はそこまで高額でもなかった。テレナは学院で使う諸々のために学院の近くの都市、ケラフェツで使える手形を持っていたし、シェプルスキアの衣装や装身具の多くは取引のために持ってこられたと言う側面もあった。

 

「……これぐらいはさせてください。形はどうあれ、僕たちに学びの機会を与えてくれたわけですから。それに礼をしないとなれば、かえって面倒になるのですよ」

 

「はいはい、それではレイルグ君のご両親に会う機会があって、もし好意に甘えさせていただけるなら、ティロの料理を味わうといたしましょう」

 

テレナはそう言って、頷いたレイルグを見た。

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