角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪道を分けて一行は進む 4

「アニド君は統合王国の方には行かないわけで?」

 

空き教室で先程までレイルグの作法指南役をしていたアニドは、忙しくなっている元凶であるテレナに恨めしい視線を向けた。

 

「どういうわけか今の王室は犯人探しに躍起らしくてな」

 

「内通者、一体どこにいるんだろうなぁ」

 

白々しくテレナは言う。

 

「まあもちろん俺が上位の容疑者なわけだが、第三王子の対応にそれなりに頑張ったからな、まだ拷問部屋に連れ込まれずに済んでいる」

 

アニドは冗談のように言ったが、それが冗談にならないこともよくわかっていた。さすがに王室の人間を庶子とは言え明確な証拠もなしに拘束することは難しいが、不可能ではなかった。

 

「実際のところ、どれぐらい危ない?」

 

「王室派が妥協で割れそうだ、という噂が」

 

「なるほど」

 

テレナはその噂がどこから来ているのか、正確には知らななかった。とはいえ彼の従兄の大三王子がいた時代に潜入した人物はヨルワ教授を含めているはずだし、そのような人物が今なお王室と途切れ途切れではありながら連絡を取り続けていると考えるのは妥当だった。

 

「そういうテレナは、何か面白い話はないのかよ」

 

「うーん、婚約者とうまくいけば会えるとかそのぐらいかしらね」

 

「隣の伯爵の息子、だったか?」

 

「ハゼウ伯爵家ね、まあ私の故郷のエルンツィンガーとは長らく色々あってね、私の父の世代まで普通に戦争やる仲ではあったのよ」

 

「……停戦の保証として、か」

 

「いや、もう少し話は微妙で。男たちの友情ってやつよ」

 

アニドは話が飲み込めず、怪訝な表情を浮かべた。

 

「聖冠継承戦争について、どこまでご存知?」

 

「俺達の生まれる前の話だろ、シェプルスキア嬢の生まれた頃か?」

 

「みたいね、イヴェリャン団も一部参加していたそうよ」

 

「とはいえ、特に詳しいわけじゃないな。騎士団領が同君地域を突っ切って、そして帰っていったというぐらいしか知らない」

 

「まあ、そんなところね。実際の目的とされた神聖連邦の聖冠は誰のものかみたいなのはともかく、実態は同君地域にちょっかいを出したい冷海同盟が騎士団領をけしかけたとかそのあたりらしいけれども」

 

「よくある話だな」

 

戦争は精緻な芸術として構築されつつあったが、それでもなお、個人がそのきっかけとなることは珍しくなかった。領主がそう決断すれば、それは成される。とはいえ、戦争を好む悪王が背中に隙を見せたら不幸な事故が起こるらしいことは二人にとっては基礎知識であった。

 

「で、そこで私の父たるエルンツィンガー伯爵とハゼウ伯爵が共に並んで戦い、勝利の酒を共に飲んだわけ」

 

「そう聞くと騎士物語にも似ているな、まあ面倒な理由で軍を出さねばならない領主には同情するが」

 

「で、そこでもし互いに異性の子が生まれたら結婚させようとなったわけ」

 

「……親の酒のせいで相手が選ばれるのは、それはそれで悲惨だな」

 

アニドは統合王国における婚姻の実態をそれなりに知っていた。彼だって、夫ある身の女性に言い寄られたことはある。それが自暴自棄であれ、寂しさであれ、あるいは年下を操りたいという願望によるものであれ、アニドは丁重にそれを避けていた。

 

その裏で、いかに男女の仲というものが怪奇であるのかを見てきた。中には良く互いを愛すようなものもあるが、それは例外と言っていいほどだった。様々な理由で生まれた不和の原因の全てとは言わないが一部が、相性とは関係のない婚姻によるものであるのは明白だった。

 

「まあ、私の場合はいい相手だったけれどもね」

 

「惚気話なら聞きたくないんだがな」

 

「おっとこれは失礼」

 

そう言うテレナであったが、確かにいきなり尋ねるのも面倒だが立ち寄ることができるかも怪しいのに向こうに準備をさせるのもまた面倒だと考えていた。伯爵の子供同士であるし婚約者という立場があるのでこっそりと遊びに来たという建前を若い二人に許してくれる程度には両家の家臣たちは寛容であったし、それを噂にするのが彼らの数少ない娯楽であることも知っていた。

 

「で、私は融和の贈り物として貞淑な令嬢として嫁ぎに行くのよ」

 

「王認学術協会の人たちと会う機会があったら、同君地域では我々の言葉と全く異なる概念が使われていると説明しておこう」

 

「いやいやいや、待ってくれよアニド君」

 

テレナは結構明確に売られた喧嘩を素直に買うことにした。

 

「このように賢くて素晴らしい人物は、統合王国のほうでは不人気なのかい?」

 

「愚かな人物も同様に不人気だ、安心しろ」

 

「なるほど、やっぱりまともな恋などというのは物語の中にしかないのか……?」

 

「仕事だろ、俺達にはそういうのも含めて」

 

「ああ、都会に出て仕事を見つけて、もし上手くいけば器量のいい相手と結ばれて、息子と娘は成長してそれなりに名を挙げてくれて、自分も年金をもらえるような立場になりたいな……」

 

「もう少し慎ましやかとか現実を見るという概念を学院では教えるべきかもな」

 

「まあ、そんなものばっか毎日見ているからたまには目を逸らしたくなってね。冬の学院において、アニド君は主役級だよ」

 

そう言われ、アニドは息を吐いた。

 

「いや、わかるぞ?俺の立場は統合王国関係の貴族にとっては特別だ。下手な態度は取れない。だから来賓として扱われるのもわかる。ただ、ここで俺が積極的に行動したら……」

 

「そのためのレイルグ君とフュルシーア嬢。忙しいヨルワ教授のかわりに、二人の面倒をよろしく頼むわ」

 

「レイルグのやつはまだいいよ、作法が少し違うだけできちんと俺の言うことを理解する。フュルシーアは無理だ、あれの面倒を見る?」

 

「南方系の人懐っこい少女よ?」

 

「俺よりも学院の噂に詳しい、ウォルセラルで育った娘だろ?南方系とは言っても北側育ちなら俺らの同類だろ」

 

「シェプルスキアよりも楽よ、言葉も通じるし文化の差異もない」

 

「そしてその上で、わざと差異があるように見せる。あれはあれの判断で勝手に行動するし、ヨルワ教授の指示に従うかもわからない。間違いなく今の統合王国に影響を与えることになるが、どういう影響かは……」

 

アニドはそう言って、どうなるかわからないのはいつものことだと頭を切り替えた。

 

「……ちゃんと学んでこいよ、さもなくば」

 

「そこは無事に帰ってこい、と言ってほしいのだけど。まあ、努力はするよ」

 

アニドはテレナに任されたものの重さを感じながら、それをテレナは去年やっていたんだよなと改めて畏怖した。

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