角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪道を分けて一行は進む 5

旅の荷物を揃えるのは案外難しい。経験豊富な旅人であれ、しばしば忘れ物をするのだ。

 

「……でさ、テレナ。これは?」

 

「行軍と外交使節関連の本から集めてきたもの。もちろんここから削ったり付け足したりはするんだけど」

 

紙に書かれたのは細かい道具や装備。その中にはおそらく必要ないものも多かった。少なくとも今回の旅で大釜や手足を切るための鋸、金や銀を計量するための秤や小規模な礼拝のための設備は不要だった。とはいえ、一応テレナは自分の判断では削らないでおいた。

 

「水筒と食料が入っていないよ」

 

「そこは正直調べても曖昧なことばっかりだったし、旅の役目に寄っても大きく変わるから意図的に省いてあるのよ」

 

シェプルスキアにとって、旅に必要なものは誰かに頼らずに生存を確保できる状況だった。食料と水さえあれば、あとは雨をしのげる丈夫な外套があればその下で眠ることもできるという考えだったのである。

 

「なんだ、ただ忘れたのかと」

 

「そこまで愚かではないわよ。でも実際にどれぐらい必要なのかしらね」

 

「テレナの読んだ本には、具体的になにか書いてなかったの?」

 

「軍系の資料だと食料の話はどうしてもごまかされるのよ、理由はわかる?」

 

「まあ略奪を表立って書けないってことでしょ、まったく目を逸らして……」

 

シェプルスキアは西側の軍事理論についてそれなり以上になっていたが、それでも戦場を歩んできた人間として不足しているものがあることも理解していた。

 

多くの場合、それは士官ではなく熟練兵達によって行われるのだろう。規律を唱える指揮官に対し、老兵はその規律を表面上だけでも保つために様々な手法があることを知っている。もちろん指揮官と参謀が共に軍規を理解し、乱雑な略奪を秩序だった収奪に変えたイヴェリャン団の例もあったが、それは例外だった。

 

「で、旅人だとどうなるの?」

 

「うーん」

 

シェプルスキアは正直なところ、具体的な数値を知らなかった。それは参謀の役目であったし、シェプルスキアの苦手分野でもあった。

 

「歩くとやっぱり塩気のあるものと水は欲しくなるからそこはしっかり確保したいな、街道沿いなら宿場はあるだろうけど」

 

「実際のところ、テワドレーム公爵から紹介された一行もどういうものかわからないしね」

 

テレナが読んだ手紙から聞こえのよい言葉を取り去ると、実質的には日付しか書いていなかった。護衛や従者が政治的につけにくい一行に、追加で二人足せるのなら悪くないが、もし失敗してもその時はその時だと考えているのがテレナにはわかった。

 

「あたしはヴィンサート教授から短銃を借りるよ、あの後ろから弾と火薬を込めるやつは持ち運びには向いていない」

 

「隠して持っていくのは?」

 

「あれが使える状況は限られている。護衛か自衛では、そこまで使えないよ」

 

あの銃は誰かを相手に気が付かれない場所から静かに狙うことに特化している、とシェプルスキアは考えていた。もしそれがより安価で、より頑強になるのであれば、もしその過程で精度が多少落ちたとしても、戦場を変える恐るべき兵器となることはわかった。しかし、それが実現するのはまだ遠そうであった。

 

「わかった。それじゃあ買い物だけど……」

 

「統合王国の子たちが乗る馬車が一旦ケラフェツに泊まるから、そこでどうにかすればいいと思う」

 

「そうよね」

 

そう言って、テレナは地図を確認する。日付には余裕はほぼなかったため、もし二日以上どこかで問題が起これば破綻しかねないものだった。

 

「……こういった旅の計画するの、いつも見てばかりだったから新鮮だな」

 

「シェプルスキアってかなり貴族らしいのよね……」

 

「どういうこと?」

 

テレナの言葉に、シェプルスキアは首を傾げた。少なくとも、シェプルスキアの自覚としては自分はまだ貴族としての様々なものが足りていない状況だった。

 

「文字通りの意味よ。貴族というのは専門家であることよりも取りまとめ役であることが望まれる」

 

「それなら貴族って参謀とかのほうが近いんじゃないの?」

 

「そうすると数多の役割を切り取った時に、それが貴族と平民となるか、あるいは指揮官と参謀と兵となるか、みたいにやったほうが良さそうね」

 

テレナは世界がきれいに切り分けられないことを知っていた。例えば「科学及び技術の分類体系」の執筆過程において、目次をどのようにするかで編纂会議が割れ、一時は数人の執筆拒否者が出たという噂を聞いていた。

 

そうでなくとも、世界というものはどうしても曖昧である。その曖昧さを知らずにいると、しばしば騙されたと喚くことになるのであった。

 

「そういうものかな」

 

「ちょっと図書室にある議場学の本に片端から目を通してね、理解できたとは言い難いけれども」

 

「わからずに読めるものなの?」

 

「シェプだってわからずに聞いて後からわかるとかあるでしょ」

 

「ああ、そういうものなんだ」

 

シェプルスキアは納得していた。かつて音で聞いた響きの意味が繋がるように理解できることは、決して珍しいことではなかった。だからこそテレナの音読は彼女にとって大きな助けとなっていたのである。

 

「それで、議場学の話だけど……レイルグのような理解は、本に載っていなかった」

 

「どういうこと?」

 

「もっと実利的で、視野が狭いのよ。自分の領地をどうするか、面倒な議会をどう取りまとめるか、そして他地域に優越するためにはどうするかあたりが基本で、そこから法とか財政とか領地改革とかを論じている」

 

「比べてないってこと?」

 

「ないわけではないわ。改めて読み直した共和王冠国の制度について説明している本は、用語として議場学のものを使っていた。確かに他の地域を分析するためにも使うことができる手法なのだけど、それはまだ洗練されていない。ティロのような場所でさえ、まだ完全に形になった思想や学問とは言えないのよ」

 

「なるほど……」

 

「だから行かなくちゃいけないの。さすがに図書室で探せるようなものであればわざわざ行かずに手紙で終わらせるわよ」

 

「テレナが焦って何も考えていないだけだと思ってた」

 

「そんなわけ……」

 

反論しようとしたテレナは、今まで自分がシェプルスキアにしてもらったことを思い出して黙ることにした。下手に口を開けば、自分が不利になるということがかなり明白だったからである。

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