角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪道を分けて一行は進む 6

「まさかあなたたちと一緒の馬車になるとはね」

 

そう言って、テアリアは呆れたように息を吐いた。

 

「このあたりにもやっぱり色々あるの?」

 

椅子に使われている柔らかい布を撫でながらシェプルスキアは聞く。馬車の中には少し甘い香が広がっていて、揺れる車内もあってあまりシェプルスキアに心地のいいものではなかった。

 

「そうね、もちろん御者がそのあたりを意図的に気にしないこともあるけど」

 

「どういうこと?」

 

「誰かと一緒の席になった程度でとやかく言うな、ということ。忍耐……というより、寛容は美徳なのよ」

 

そう言って、テアリアは薄い布越しの外を見た。

 

「御者もそれなりの立場、と言うわけね」

 

テレナが言うと、テアリアは頷いた。

 

「良い服と良い靴。馬の毛並みに馬車の飾り。そういったところを、特に統合王国では見られるのよ」

 

「テレナの方だとそこまで注意はされないんだっけ」

 

「同君地域は街道整備もそれぞれの領地の思惑とかがあってうまくいかないのよ、だからこそ東西の道は限られるし、うまくやれば同行者を見つけられるのだけど」

 

計画の片子ができたのは、学院が冬休みに入る少し前までだった。それ以降は手紙の到達と相手の行動を予測しながら手を打っていくことになる。遅れがあると一気に考えるべきことが増えるため、シェプルスキアはもうわけがわからなくなっていた。

 

「御者の給金を下げるな、お前の見栄えを決めるのは彼なのだから。前に誰かが言っていたものよ」

 

「で、統合王国は中身が腐って見栄えにすら」

 

「それ以上は、さすがに統合王国の令嬢としてあなたの頬を平手で叩くことになりますよ」

 

「ナイフではないのですね」

 

「……逃げられやしないのよ。家も学院も統合王国も、所詮は籠」

 

そう言って、テアリアはシェプルスキアを見た。テアリアにとってシェプルスキアは自由の象徴だった。もちろん、そうでないことは良く知っていた。彼女には悩みがあるし、苦しいものがあるし、諦めたこともあると友人としてわかっていた。

 

それでもなお、テアリアはシェプルスキアに憧れた。必要であれば檻を壊せるという力は、テアリアにはないものだったからだ。

 

「統合王国の混乱で地方が力を持つなら、テアリア嬢にも可能性はありますよ」

 

テレナの言葉に、テアリアは首を振った。

 

「可能性って、何の?ファーネスタ様について行くこともできない以上、館の家庭教師で終わるのよ」

 

「いい生き方だと思うんですがね」

 

テレナは未来の決まっていないテアリアを少し羨んでいた。ハゼウ伯爵令息、すなわり領主となる婚約者がいる以上、テレナはハゼウ伯爵領から大きく動くことはできなかった。それは夫となる人物のそばにいることが役目として定められているからでもあったし、その役目を放棄した人間に世間が与える視線を知っているからでもあった。

 

テレナは去年の冬の学院で言われた総権国の外交官からの招待を思い出していた。あのよく笑う男は、テレナに冗談混じりとは言え外交官の職を提示した。それは興味のあるものではあったが、決して有力ではない領主の妻としては望めないものだった。

 

テアリアであれば、教員として働いた後の進路もあるだろう。ただ、テレナがもしそのような自由を手に入れるとしても子供ができて成長し、家督を譲ることができ、ハゼウ伯爵家が盤石でなければならなかった。たとえハゼウ伯爵家とエルンツィンガー伯爵家が手を取り合うにしろ、その過程ではどうしても不和が起こる。その対応を考えるとあまり期待はできなかった。

 

テレナはそれを嫌だと思っていたわけではない。異議を述べるつもりも、ましてや反抗するつもりもない。ただ、他人を見てその立場を羨むのは人間の根本的なところから来る性質であった。

 

「……ティロへの旅、本当に大丈夫なのよね?」

 

テアリアは良くも悪くも貴族の娘であった。彼女にとって旅とは護衛がつくものであるし、安全な宿の間をゆったりと余裕を持って移動するものであった。

 

今回のテレナとシェプルスキアの計画は、一つ間違えれば過酷なものになった。雪が降りそうな今の時期では、道が見えなくなることすらありうる。

 

「私は家庭教師にある程度の旅は仕込まれたし、シェプもそのあたりは詳しい。もちろん、どんな旅には危険はある」

 

「今すぐ、そこまでして行かなきゃ手に入らないものがあるのはわかる。でも、テレナがそれをする必要はあるの?」

 

そう聞くテアリアを見て、テレナは自分が彼女に心配されているのだろうかと考えた。確かに友人ではあるが、所詮は貴族同士の付き合いだ。何かあれば殺し合うし、仲違いして毒を盛るなんてことも噂の範囲では聞く。噂が盛られた例と表になっていない例のどちらが多いのかはテレナには知る由もなかったが、そう大きく噂が外れているとは思えないとテレナは考えていた。

 

「……あの本を読んで、論考が書けるだけの立場がある人はいないはずなんですよ。あの思想を打ち破るには、何年もかかる」

 

テレナは一時期家庭教師の理念に共鳴していた。人間は粘り強く話せば理解できるし、知識の光はあらゆる人の心の中にあり、そしてそれを取り出して照らせばあらゆる闇はなくなるのだ、と。

 

そんなことはなかった。彼は知恵持たぬものに対し、知恵で攻撃をしていただけだった。騎士が剣で脅して支配をするように、彼は知識で脅して騎士を動かし、そして彼らに民を支配させるというやり方をしているだけだった。

 

それが悪いことだとは言わない。武力なきものの唱える法など、誰が守るだろうか。例外はある。初期の聖座のような狂気か狡猾さがあれば、直接の兵を持たずとも法を打ち立てることはできる。けれどもその場合であっても、騎士団は必要なのだった。

 

「そう。テレナに任せなくちゃいけないと壊れる世界というのは、怖くはあるのよね」

 

「どうせ壊れるからと見捨てるのは、私にはできないのですよ。面倒な性格をしているとは思いますけどね」

 

そう言うテレナを見ながら、シェプルスキアはなんとなく理解はしていた。もしそのような生き方を捨ててしまえば、自分が先頭に立たなければ、それは貴族の、あるいはシェプルスキアの価値観で言うところの指揮官たる資格を失うのだ。

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