角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪道を分けて一行は進む 9

旅は予定よりすんなりと、しかし時折の障害を挟みながら進んでいった。混乱を避けるべく道を変え、軍勢の動きに巻き込まれないよう通行料を払い、途中で立ち寄った街で馬をどう扱うかで軽く揉めることは、旅の一幕ではあったが想定の範囲内であった。

 

「しかし、よくまあ見抜けたわね」

 

宿で出された温かいスープが冷えた体に染み渡るのを感じながら、テレナは呟くように言った。

 

「馬車の中で揺れに集中できたからだよ、あたしだって馬の様子を直接見てたらわからなかったかも」

 

旅の途中で、小枝が一頭の馬の蹄の割れた場所に挟まっていたのだ。蹄を軽く削って取り出すことはできたが、本来であれば馬を替えて少し休ませたいところであった。ただ、人を運ぶという点ではシェプルスキア以上に経験豊富な御者は目的地まで行けると判断した。ならば、シェプルスキアはそれに従うまでだった。

 

「それにしても、寒くなってきたわね」

 

「雪が積もらないといいけど」

 

旅にとって、積もった雪は大敵であった。専用の蹄鉄、雪かきがされた道の通行、あるいは乗り手も含めた進行方向の除雪などは、どうしても限界があった。一歩間違えて吹雪になれば、道を見失ったまま凍死することすらあるのだ。

 

「少しだけなら行けるよ、でも旅は中止かな」

 

「ティロまで行けないと食費が危ないのよね……」

 

「何かあったら学院の卒業生を頼ればいけるって」

 

「そうだけれども」

 

今の時点では、テレナやシェプルスキアは学院の名前を使っていなかった。外套の裏側に縫い込んだヨルワの署名入りの手紙は二人が学院の学生であること、支援を依頼することが書かれていたが、逆に言えばそこにあるのは依頼だけである。

 

「それにしても、こうやって旅をすると色々なものが見えるね」

 

「例えば?」

 

「宿の質。支払いの態度。すれ違う荷車の荷物の積み方。色々観察する時間があって、楽しい」

 

傭兵団としてではなく領主としての、あるいは貴族としてのものの見方を学んだシェプルスキアにとって、旅は良い教材であった。全てが学んだ知識と結びついたわけではなかったが、それでもわかることがあるというのは自分の理解が深まっているという自信をシェプルスキアに与えてくれた。

 

「……まあ、話す内容もないものね」

 

テレナが言うように、馬車の中にいる四人に会話はあまりなかった。童女は静かに座り、ウェイナは寂しそうなほほ笑みを浮かべ、テレナは頭の中で読んでいた議場学関連の本を思い出し、シェプルスキアは窓の隙間から外を見ていた。

 

個人的な話をすれば、どうしても自分の背景をある程度明かす必要がある。学院通いの伯爵令嬢や、東方で名を知られた傭兵団の団長ともなれば、話は面白くなるかもしれなかったが面倒事を招く可能性は十分あった。

 

「ただ、ウェイナさんは旅を悪くないと思ってるみたいに感じる」

 

「そう?」

 

「上手くいった戦い、って言えばいいのかな。それでも死んだ戦友たちの顔は残っているから、一人でいる時は誇れないとか」

 

あなたの息子は、弟は、夫は、兄は、父は、傭兵として、金のために死にましたとシェプルスキアは伝えなければならなかった。彼らに他に選択肢があったわけではない。シェプルスキアの采配が誤っていたわけでもない。それでも、シェプルスキアは人の死に向き合う責務があると考えていた。

 

いくら心が乱れようが、参謀たちが作戦を立ててくれる。自分がなすべきは、それを伝えて集団を率いることだけ。そして、彼らの死を覚えておくことぐらいしか、若いシェプルスキアにはできなかった。

 

「……大変ね」

 

「大変なんだよ」

 

「私もそれをしなくちゃいけないのよね……」

 

テレナの住む地域では、貴族とは軍人であった。すなわち、シェプルスキアは軍人の妻になるのだ。とはいえ軍が動く機会は少なく、多くの時間を貴族は領主として領地で過ごす。様々な儀礼をこなし、面倒な作法を覚え、記録を残し、子供を作り、そして引き継ぎをして死んでいく。

 

それはここ数百年続いてきたことだったし、今後も数十年は続くだろうことだった。ただ、テレナには百年後はもはやわからなかった。

 

大宗派戦争の時代から、北側世界は大きく変わっていた。南北の関係も、あるいは国家の強さも。百年後に統合王国が分裂していることもあり得たし、総権国が同君地域の東半分を支配下に置いていても驚きはしない。

 

ただ、それでも人間は変わらないのだ。死から逃れられるわけでもなし、素直に死を受け入れられるわけでもなし。だからこそ人は宗教に頼り、あるいはそれを振り払おうと過激な学問としそうにのめり込む。

 

「たぶん明日には、合流地点だよね」

 

シェプルスキアが言うと、テレナは頷いた。予定より一日遅れているが、これはイウェラ連隊の想定範囲のはずだ。もはや手紙を送ってもテレナたちと同時に着くような距離になっていたため、その場での対応が求められているのだった。

 

そしてそのような事態であれば、シェプルスキアは無類の強さを持つ。事前にテレナが考えていたいくつかの例を踏まえれば、今更焦ったところでどうしようもないし、合流はできるだろうとは考えられていた。

 

「そうね、結局ウェイナさんがどういう人かはわからずじまいだったけれども」

 

丁寧に隠されているところを見るに、何かがあるのは間違いないというのはテレナもシェプルスキアも感じているところだった。ただ、以前にヨルワが言っていたように愛人だと断定するのも難しかった。そもそも誰の愛人かもわからないのだ。

 

もちろん、公爵絡みの人だというのは間違いなかった。ただ、互いに公爵とどういう関係かを話していない以上言えることもなかった。童女も口を閉じ、シェプルスキアからの数度の誘いも小さく首を振って拒むだけだったのだ。

 

「きっと、強い人だよ」

 

「そうね」

 

二人にとって、ウェイナはありうる未来の自分たちの姿であった。貴族として生きることは大変なことであり、一つ間違えれば多くの持っていたものを失う。ウェイナはそれでも失敗を最小限に抑えられたのだろう。彼女は目的地に行くことができるのだから。

 

「さて、面倒な話は終わり!早く寝ないと旅の疲れが取れないから」

 

「寝過ぎじゃない?馬車の中でもうとうとしているでしょ」

 

「心地よい揺れがあると人は眠くなるものだから仕方がないの」

 

堂々と言うテレナに、シェプルスキアは揺り籠で眠る赤子をなんとなく想像してしまった。

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