角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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風説に隠れて情報は潜む 3

テレナがアニドと話している頃、一人になってしまったシェプルスキアは何をするべきか悩んでいた。

 

シェプルスキアにとって、指導役であるテレナは特別な存在だった。あまり統合王国語が得意とは言えない自分に根気強く様々なことを説明してくれる、そして自分がどのように見られているかを伝えてくれる存在として。ちょっとぐらい言葉が悪くなることぐらいは自分もあるからな、と許容できるほどにはシェプルスキアは大人であった。

 

改めてシェプルスキアは周囲を見渡して、同じような方向に歩いている何人かの学生についていくように足を進める。たまにはテレナとは別行動をしてみよう、という挑戦だった。

 

彼らが入っていったのは共同の娯楽室であった。男女混合の空間で、落ち着いた調度品はちょっとした社交の場としては十分なほどの格調を生み出していた。なお、隅の方から小さく聞こえた掛け金の設定について何も聞かなかったことにする程度には、シェプルスキアも人間の欲というものをわかっていた。

 

「……どうしましたの、シェプルスキアさん」

 

少し怯えたような声が聞こえてそちらの方を見ると、シェプルスキアには失敗の思い出がある顔があった。統合王国の伯爵令嬢、テアリアである。

 

「テレナさんが用事があって、何かないかなってうろついてた」

 

「……そう」

 

言葉を選ぶために、テアリアは長い時間を使った。

 

彼女の立場は、非常に弱いものになっていた。シェプルスキアへの侮辱はその後にナイフを向けられたことを差っ引いても彼女が所属していたファーネスタ閥と呼ぶべき集団にとっていいものではなかった。自らの責任の価値をしっかりと考えなさい、と疎外されたところで今回の事件である。

 

「あ、あの……前の時には言えてませんでしたわ。あなたとあなたのご学友を……侮辱するような振る舞いをして、本当に申し訳ありませんでしたわ」

 

「……え」

 

シェプルスキアにとって、それは意外な発言だった。彼女にとってその警告行為は場にそぐわない行為で不適切な攻撃となってしまったものであり、それが周囲にとって許容されたのはテレナの詐欺めいた話術のおかげだと思っていたからだ。

 

「……誰かと、何かを遊ばれる予定がありますか?」

 

「ないけど……」

 

「……もし、よろしければ、一緒に遊びませんか?」

 

「いいの?」

 

シェプルスキアは年相応の少女のように顔を輝かせた。

 

「お詫びになるかはわかりませんが」

 

「そうなんだ、おすすめはある?」

 

半歩間合いを詰めたシェプルスキアの顔から、テアリアはさっと視線を下げた。

 

「……そうですね、ここには本当にいろいろなものがありますが、覚えるのが簡単で、かつ私が教えられるほどのものとなると追棋(アファト)などはどうでしょうか」

 

そう言ってテアリアはおそるおそるといった手つきで娯楽室の棚から折りたたまれた木の盤を手に取った。開くと内側の箱のようになっている部分に、二色に塗り分けられた円盤状の駒が何枚も詰まっていた。

 

「綺麗だね」

 

細工された木の駒の一つを取ってシェプルスキアは言った。複数の木が組み合わされて模様が作られており、しかし手で触っても継ぎ目がわからないほど滑らかに磨かれていた。

 

「木細工は北方の伝統です。私の祖母がその地域の出身で、よく遊んでもらいました」

 

「……いいね。あたしはそういう遊びを家族としたことはなかったな」

 

そのような会話をしながら、テアリアのは白黒の駒を正方形の盤面に並び終えた。中央に固まっている黒の駒の一つには、白い木材が円形に埋め込まれていた。

 

「この遊戯は、包囲戦を示しています。これについてはわかりますか?」

 

「……うん。一回だけ、受けたことがある。」

 

シェプルスキアの率いたイヴェリャン団は、その機動力を活かして敵を錯乱させるのが得意であった。局所的とはいえ大群を必要とする包囲を支援することは多かったが、その戦略性ゆえに包囲されるほど追い込まれることは少なかった。

 

確かに、囲まれた状態からの脱出は多くの戦争物語によって描かれる印象的なシーンである。数で押す敵に対して一点を突破して危機を脱することは確かに素晴らしいが、実際にはそのような場面を作らないことが指揮者として必要であることをシェプルスキアはよく理解していた。

 

なにせ、包囲というのは完成すれば降伏を選ぶべき、と言われるほどに脱出が難しいのだ。もちろん相手が音を上げるほどに耐えるか、あるいはその背後を突くような別部隊がいれば話は変わってくるが。

 

そういう視点でシェプルスキアが盤面を見ると、たしかに白色軍によって黒色軍が包囲されているように見えた。

 

「この駒は一つ一つが兵ですわ。この真ん中だけが王。しかし、動き方は変わりませんの」

 

「うん」

 

「縦横に動き、相手を挟めば取ることができます」

 

そう言って、テアリアは駒を動かした。

 

「……つまり既に包囲された黒の軍は王を逃がすことが目的で、包囲している白の軍は王を討つことが目的?」

 

「理解が早いですわ……」

 

シェプルスキアは決して愚かではない。そうでなければ形だけとはいえ傭兵団の団長にも領主にもなれないだろう。文字が苦手なだけで、その洞察力や思考速度はテレナにさえ匹敵しうるのだ。まして、それが得意な分野である先を読むようなものであればなおさらである。

 

「どちらのほうがいいでしょうか。この初期配置ですと白の軍と黒の軍でわずかに黒の軍が有利、とされています」

 

「……テアリアさんは、この遊戯が得意なの?」

 

「本気を出した祖母に勝てたことはありませんでしたが、父には勝ちました」

 

「わかった。手加減してもらっていい?黒の軍で脱出してみる」

 

「……わかりました」

 

一瞬だけ、テアリアはわざわざ自分が有利な方を取るシェプルスキアを臆病だと思った。しかし、負けた時の言い訳を断つためではないか、と考えを変えるほどのことが彼女にはできていた。

 

かつて食堂で喉元に優しく当てられたナイフの柄は、彼女にとってきちんと戒めとなっていた。まだ常に使えるわけではなく、気に食わない同級生とは感情的な口論をしてしまうときもあるが、きちんとあの時の感触を思い出すことができれば、テアリアは冷静に、そして油断せずに相手を見極められるようになっていた。

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