イウェラ連隊の人々は、都市での振る舞いというものを知っていた。それは市民として馴染むやり方ではなく、あくまで部外者として敵ではないと思われる方法についてだったが。
そういった彼らに宿を任せ、テレナとシェプルスキアは昼過ぎの大学通りを歩いていた。文字通りに若い人が多い。どこか余裕を感じる人達に紛れて、二人は学院でレイルグから聞いていた建物にたどり着いた。
「……ここよね」
荘厳な屋敷というわけではなかった。都市の住宅の一つであり、悪くない建物であったが西側の貴族という見えを前提とした人々の住む屋敷を知っているテレナからすればそこでの使用人が一人いるかいないかという生活を想像するのは難しかった。
「なにテレナは止まってるの?」
「少しは緊張するのよ、特に慣れない場所だと」
テレナはティロで話される言葉をある程度操れたし、シェプルスキアの共和王冠国語はここでは少しなまった程度のものとして聞き取られるものだった。ただ、テレナにとってここは学院とはまた異なる形の地の場所であった。
そこに踏み入れるというのは、後輩の両親の家に転がり込むということ以上に面倒なものだった。もちろんそれはそれで面倒であるのだが、テレナはレイルグが送っていた手紙の内容を信頼していた。
「開けるよ」
テレナの脇をすり抜けるように進んで、テレナは扉の金具を鳴らした。
少しして、物音がして扉が開く。
「ああ、二人とも。学院の……ええと、すまない、どちらがシェプルスキア嬢で、どちらがテレナ嬢かな?」
部屋からでてきたのは、人の良さそうな男だった。働き盛りの年頃といったころだが、身体の筋肉はついていなかった。痩せているが、病というわけではない。楽に相手ができるな、などとシェプルスキアは考えていたが、相手にそのような心の中は伝わってないようだった。
「フェバー教授でしょうか。私がテレナ。こちらがシェプルスキアです」
「ああ、よかった!いや、息子から手紙で頼まれたのは驚いたよ。……学院というところに送り込んだのは、まずかったかもしれないね」
確かに親からすれば息子を遠くに学ばせに行ったら同じ年頃の娘が二人やってくるというのは異常だろう。それをすんなり飲み込んでくれるのは、二人にとっては助かることであったが一般常識を理解していない人物だと言われても仕方がない者だった。
「あそこは別に羊の牧場というわけではありませんからね、狼の皮を被った程度ではすぐに見抜かれるのですよ」
そういうふうに少し会話しただけで、テレナはフェバーというこの男性がなかなか話がわかる人物だと理解できた。そもそも、ティロの大学で教鞭をとるほどの人であるのだが。
「妻は夕方まで出かけていてね。二人の旅人がこちらに来るかもしれないということは僕の友人たちにも伝えてあるから、色々と話を聞かせてほしいな」
応接間に二人は案内された。応接間と言っても壁に並ぶ本棚を見るに、書庫に机と長椅子を置いていると言ったほうが良さそうな場所だった。
「私達はむしろ知るために来たつもりなので、対価というわけではありませんがこちらも色々伺えれば」
「うんうん、良い態度だと思うよ」
シェプルスキアは彼にどことなくリュクバーンのような気配を感じていたが、フェバーからはリュクバーンから漂っていた油断のできない嫌な感じのようなものはなかった。
「そうだ、すまない。息子の手紙で先輩だと書かれていたので忘れていたが、あなたのことはシェプルスキア女領主とお呼びしたほうが良かったかな」
少し心配するように、しかし怯えや卑屈、謙遜を感じさせない声でフェバーは言う。
「あ、別にあたしは気にしないから大丈夫」
「西方だとうるさかったりするんですがね、学院ではガルドー教授ぐらいしかここまで領主という地位に対してそれを無視したような発言を意図的にする平民はいないのですが」
そう言うテレナの言葉に、シェプルスキアは偏屈なところがある数学教授を思い出していた。
「ガルドー!ああ、その名前を君たちから聞くとは思わなかったよ。いや、本当に学院から来たというのは興味深いものでね。レイルグの手紙はどうしても真面目だから……」
「そのレイルグ君ですが、冬の学院にいるのはご存知ですか?」
テレナが尋ねると、フェバーは頷いた。
「うん、存在ぐらいは聞くよ。そこで何がどう動いているかまでは、語ってくれる人は少ないけれども」
「そういう場所です。あそこでは学院の卒業生同士が、個人的に領主の愚痴を言える」
「日頃の規範から外れた場所、ということだね。南方街と似た性質を、しかしもっと意図的に構築しているのか」
シェプルスキアはフェバーのように考えたことがないことに気がついた。確かに言われてみればテレナの語るいわゆる貴族は、学院にはあまりいない。つまり学院は貴族たちにとってはある種特殊な場所なのだ。南方街もそのような役割がある。言われれば確かに、となるものだったがそのような視点をシェプルスキアは今まで持っていなかった。
「繋がり、という点でもそうですね。南方系商人の連携は、確かに学院派の連携と似ています」
「実際のところティロではそういうのが多いわけではないから実感が薄いんだが、統合王国のほうだとそうなるのか?」
「第三王子が学院に来ている、というあたりの話は?」
「婚約破棄の話も含めて、噂程度であればだけどね」
フェバーの言葉を聞いて、テレナは頷いた。ただ、その裏で起こった問題とそこでテレナが果たした役割については知らないようだった。別に隠しているわけでもないのだが、表立って自分の貢献だと主張するつもりもなかった。
「つまり、あれは王室派と地方派の双方が学院派を重要視している……ということになるのですが、この言い方で伝わりますか?」
「四派閥論だろう?もちろん他の切り取り方もできるのだろうが」
「ええ。ただ、実際に統合王国の内部にいる人はこの分類が気に入っているようですね」
ティロにおいて、統合王国は遠い異国であった。それでいてその影響の大きさと文化的な特異性は、議場学の重要な研究対象とするには十分なものだった。そしてそれは、テレナとフェバーの間に共通の認識が確立される下地となっていた。