シェプルスキアは二人の話を聞きながら、その視点を真似しようと考えていた。今起こっていることではなく、それがどう起こったかを先に考える。二つのものがある時、共通点と差異点を見つける。
それを支えているのは広い知識だけではない、とシェプルスキアは考えていた。二人とも互いの話を適度に疑い、適度に信じている。シェプルスキアがいつもやっているようなことと似ているが、勘としか言いようがないシェプルスキアの疑りの原因とはまた別のものを二人は持っているようだった。
「……と、申し訳ないシェプルスキア嬢、つい話が楽しくて」
「あ、気にしないでください。あたしはテレナの護衛みたいなものですから」
「イヴェリャン団団長が護衛ですか、恐ろしいものですな」
そう言うフェバーの口ぶりを聞いて、シェプルスキアは気楽だなと考えていた。この人物は戦争を数字か文字でしか知らないのだろう。とはいえ、それは責めるべきことではなかった。彼には彼の苦悩があるのだろうし、自分の苦悩をそこに押し付けるほどシェプルスキアは狭量ではなかった。
「個人としてのシェプルスキア嬢はそこまで強いわけではないですよ、私に刃物を突きつけた少女の手首を私に刃が届く前に掴む程度です」
それを聞いたフェバーは一瞬だけ訝しんで、そういうものかと頷くことにした。彼の専門はあくまで外側から見た統治組織であって、その中の物理的な争いではなかったのである。
「……しかし、フェバー教授のような人は政治から距離を取ったほうがいい、と思ってしまいますね」
色々と言葉をかわしてフェバーの人となりを最低限では把握したテレナは、声色に注意しながら言った。
「それは避けられないものだが、できればそうしたいと思うよ。しかし、なぜだい?」
「賭けに胴元の友人が参加する、と言えばいいでしょうか」
「なるほど、あくまでその価値は距離を取っているからこそ生まれるもので、積極的に政治に関わると良くないということか」
「もちろん、実地の知識は必要でしょう。統治のための精神を分析するのも、あるいはいかにして議場を混乱させないかも重要です。しかし、それを個人の経験値以上のものとして学問として立てるのであれば、それは政治の外側で行われるべきだ」
「しかし、そうはいかない。ティロの街の異名を知っているかね?」
「……様々ありますね。銀の大学の街、あるいは皇帝の足置き。ただ、ハッヘンヴルト家の財布という俗な名称のほうがいいでしょうか?」
ティロは北側世界有数の鉱山学の中心地であり、神聖連邦の時代にはその中心地の一つとなっていた。しかし、テレナの最後に告げた語がフェバーの求めていたものだった。
「うん。レイルグに話すときと同じぐらいの速度だよ。……確認したいのだが、学院には君と同じ程の学生はどれほどいるんだい?」
「この手の知識であれば、学年に一人いるかどうかですね」
テレナやシェプルスキアの一つ上の第三学年であれば、ネアが辛うじてついてこれるかだろうとテレナは考えていた。ただ、得意としている範囲の違いもある。テレナは学院にあった議場学に関連する書籍に片っ端から目を通してその微妙な古さに少し辟易していたのだが、きちんと今の議場学は彼女が学ぶに足る複雑さを持っているようだった。
「うん、僕の教えている学生でも……数年に一度だ。すごいものだね」
「そういう意味では、レイルグ君を学院に送ったのは正しかったと思います。彼はここで学ぶ以上のことをあそこで学べます」
「……しかし、大丈夫かね?」
「彼の後援者というか、飼い主というか、いやあれはレイルグ君に飼いならされない狂犬というか実力はあるが自尊心の高い猟犬というべきか……ともかく、そういう強い友人がいます」
「手紙にあった、フュルシーア嬢という人かね?」
性格に発音されたその名前を聞いて、シェプルスキアは少し驚いた。幼い頃にそのような文化や言葉に親しんで舌が慣れているシェプルスキアと違って、あまり馴染みのない名前の響きだったはずだからだ。
「ええ、経語で言うならフュルシーア・バラエイーシャ・アラクァイーバザ。最後の要素についてはご存知ですか?」
「大君侯国のやり方は興味深いものでね。言葉の壁はあるが、それが同君地域とどう共通した要素を持ち、どう異なるかを調べている友人がいる。彼の後援者がかのバシュ・コバラコの長だ」
それはテレナやシェプルスキアの後輩に当たるフュルシーアの大伯父に当たる人物だった。
「ならあたしと似たような立場か」
シェプルスキアが言うと、フェバーは一拍遅れて頷いた。その一瞬の間に後で彼女の領地と大君侯国の関係についてどこまで話してもらえるかな、ということを彼は考えていた。
「帰伏教地域における門客のようなものは面白いと考えているよ。そういった知識人への尊敬は、教主国と大君侯国の間での人材の行き来を可能とする。あるいは、北側の南方街でさえ」
フェバーは決して、自分の息子の心配をしていないわけではなかった。限られた範囲で彼が手紙で語った学友の背景を調べ、大君侯国に行く知り合いに調査を依頼し、あるいは学院と繋がりのある人に連絡を取った。その全てが上手くいった訳では無いが、その上でフェバーはその少女が息子を上手く使うのであれば構わないと考えているのだった。
「話が逸れてしまったか。どこまで話したかな?」
「ハッヘンヴルト家の財布」
「そうだそうだ。さて、我々は聖冠の守護者から多くの支援を受けている。そしてかのお方はそれに見合った何かを我々が生み出すことを望むわけだ」
「神学や哲学や医学であれば、まだどうにかなりましたが議場学となると成果を出せてしまう、ということですか」
「そういうことだ。ゆえに政治は我々を追いかけ回してくる。従順になるというわけではないが、表立って逆らうことすら政治として読まれてしまうのだよ。それが得意というわけではないのに、僕は教授なんかになってしまったんだがね」
そう言って笑うことのできるフェバーを見て、テレナは大学という組織が相当に甘やかされているなと感じていた。しかし、それが悪いわけではない。生まれたての知識や学問は赤子のようなものだ。それが育つまでには長い時間と投資が必要となる。まだ歩けない子どもに鋤を持たせて畑で働かせようとするのは、単純に誤っているのだ。
とはいえ、それは髭が生えても怠けていいことを意味しない。そのあたりの隙間を上手くごまかすことが学院のあり方とはまた異なる、歴史ある大学の力なのだろうな、とテレナは考えていた。