角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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異境の学びは痛切に感ず 5

「……お客さん?」

 

客間に入ってきた女性が、フェバーに声をかけた。さっぱりとした飾り気のない服であったが、決して安価なものではないことがテレナには見て取れた。

 

「うん、ほら、あのレイルグの先輩の二人」

 

「ああ、なるほど。始めまして、学院のお二方」

 

そう言って、彼女は頭を下げる。

 

「イラニと申します。どうぞお見知りおきを」

 

一拍遅れて、テレナたちも自己紹介をした。西側と違って面倒な手順とか誰が誰に紹介しなくちゃいけないかとかがないのは楽でいいな、とシェプルスキアは考えていた。

 

「歴史学がご専門とレイルグさんから伺いました」

 

テレナが言うと、イラニは頷いた。

 

「そうね。大宗派戦争以前の神聖連邦について、色々と調べる助手をしているの」

 

「妻は博識でね。彼女に聞けばどんな史料がどこにあるかをすぐさま教えてくれるんだ」

 

「とはいえ教授にはなれないのですが。もしなることができたらレイルグの学費のためにちょっと無茶な借金をせずとも済んだのですけれど」

 

借金、という言葉を聞いてテレナは室内に視線を走らせた。これだけの蔵書の値段を考えると大きな負担だろうかとも思ったが、すぐにここが貴族の家ではないことを思い出す。

 

貴族の場合、場合によっては数百人を家計によって養わねばならない。ただ、ここではあくまで養われるのは三人だけだ。それゆえに金の流れというものは貴族とそれ以外では大きく異なる。いや、もちろん大きな商家の場合や聖職者など様々な事例があるので一概にそう言う分類をするべきではないな、とテレナは少し遅れて考えてた。

 

「私としては、シェプルスキア嬢に色々お話を聞きたいのだけれども」

 

「あたしに?」

 

イラニに言われて、テレナは首を傾げた。テレナとフェバーの話に口を挟めなかった自分が、何か面白いことを言えるのだろうか、と考えていた。

 

「イウェラ連隊、あるいはイヴェリャン団。その仕組みについて教えてほしいの」

 

「教えてって言っても……あたしは団長だったけれども、基本的には参謀天幕で決まったことをこれでよろしいって言っているだけだったよ?」

 

その言葉に、イラニは大きく頷いた。それが聞きたかったことだった。

 

「そう。その参謀天幕というものについて聞きたいの。共和王冠国のものでもないというし、イヴェリャン団特有なのかしら?」

 

「ええと、たぶんそう。他の傭兵団が持ってるって話も聞かないし」

 

フェバーとテレナは視線を交わして、二人がじっくりと話せるように少し座る場所を動かした。

 

「いくつか尋ねさせて。イヴェリャン団において、参謀というのはどういう役割だったの?」

 

「役割っていうか、うーん、ちょっとうまく言えない……」

 

「ならシェプルスキア、参謀と指揮官は何が違うの?」

 

「戦いの見方」

 

テレナの投げた質問に、シェプルスキアは即答した。それはシェプルスキアが常に考えていて、そして自分には無理そうだと何回も諦めていることだった。

 

「詳しく聞かせてもらえる?」

 

イラニに言われて、シェプルスキアは少しだけ悩んで口を開く。

 

「ええと、戦場があるわけで、そこで指揮官が、軍隊を率いてあっちに進んだりこっちに進んだりする。参謀はどこに進むかを決める。あそこが弱そうだとか、あっちの部隊は強いから避けたほうがいい、みたいな」

 

「指揮官が何かを決めることはないの?」

 

「もちろんあるけど……それって、もっと目の前のことです。隊をどう分けるか。飲み込まれている味方をどう助けるか。あるいは、いかにして指揮を伝えるか。そういうのに集中するから、参謀が必要、って言えばいいですか?」

 

「……似た制度を持つ軍隊はあるけれど、上手く行っている例は少ない。シェプルスキア嬢はそれがなぜだかわかる?」

 

イラニは軍の歴史を得意としていた。大宗派戦争でどの軍がどの経路を通ったか。どれだけの被害があり、どのような改革がそれぞれの軍で行われたか。その知識に比べれば現代の軍の制度についての理解は甘いところがあったが、それでもなお優秀であった。

 

「それだけ戦場を知る人が少ないから、結局は全員が指揮官をやらなきゃいけなくなるから。あるいは、参謀の言う事をちゃんと兵の一人ひとりが守ってくれるわけではないから。あとは、たとえ命令を守ったとしても、それをきちんとこなすことができないから」

 

そう語るシェプルスキアに、テレナはよくここまで言葉にできるなと考えていた。確かに統合王国語と違って、こちらの言語は比較的シェプルスキアにも馴染みがあるものである。それでも親が話していたものとは異なるのだ。

 

「そうね。もし参謀天幕に相当するものを一つの領地でやろうとすれば、傭兵団みたいに常に戦場にいるか、あるいは常に訓練をしているような軍隊になる。兵も徴兵じゃなくて、しっかりと給与を与え、教育も受けさせなくちゃいけない。命令書を読める程度には学も必要ね」

 

「イラニ先生、質問がある」

 

そう言って手を挙げたのは、彼女の夫であるフェバーだった。

 

「何でしょうか、フェバー君」

 

「それに似たようなことを、騎士団領はやっていなかったか?」

 

「ヴィンサート改革ね。ええ、確かにあれは似たようなことを目的としている。けれども改革の対象となったのは将校と兵の訓練まで。兵の教育という側面では、未だ未完成と私は考えている」

 

「……それは、できなかったんだと思います」

 

シェプルスキアはイラニを見て言った。

 

「どういうこと?」

 

「軍を変えるというのは、とても大変なことです。イヴェリャン団だって三十年はかかった。その間ずっと尊敬されるべき一人の人がいて、その人が参謀として動かなくちゃいけないと思う」

 

「なるほど、参謀を活かすためには最初に参謀が必要なのね。そして、参謀というのはすでにある軍からはどうしても嫌われる」

 

イラニの言葉を少し唱え直すように口の中で転がして、シェプルスキアは頷いた。

 

「つまり参謀制度を導入するためには、かなり大規模な改革か、あるいは兵たちの支持が必要。でもヴィンサートにはそれなり以上に両方があったはず」

 

「……規模はどうでしょうか、イラニ先生」

 

テレナは言った。

 

「集団の大きさ、ね。中隊ほどであれば、隊長は全員の顔を見て話ができるけど連隊となると難しくならない?」

 

そう聞かれて、シェプルスキアは頷いた。できるだけ覚えようと努力はしていたが、それでも知らない人が死んだことを報告されるのは珍しいものではなかった。

 

「そしてそれ以上の軍となると、もっと難しくなる……。連隊規模が限度、という可能性はありそうね」

 

そうイラニは言って、満足そうに頷いた。

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