角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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異境の学びは痛切に感ず 7

同君地域における知識の交流は、統合王国の邸宅社交界とはまた異なっていた。首都のようにどこかに集まれば関係者と会えるというものはなく、郵便と手紙の糸によって編まれたレースのようなものであった。

 

「大丈夫?」

 

冬で日が昇るのは遅いとは言え朝から起きて訪ねている教授のフェバーから借りた手紙の束を読んでいるテレナは、声をかけたシェプルスキアからすればいつもとは違う様子だった。

 

「やっと癖がわかってきた」

 

「癖?」

 

「聖語……の用語がかなり交じる民庶高地語(ハッツ・テルシツェ)のね」

 

神聖連邦時代に聖語の対義語として呼ばれた民庶語(テルシツェ)は、今では冷海同盟のある程度と同君地域の過半で方言混じりとは言え共有されているものだった。ティロで広く使われている言語というわけではなかったが、北側世界の東西の境界線ではある種の共通語となっていた。

 

「それで、なにか面白いことは書いてあった?」

 

「人間関係はまだ掴めてない。議場学関連の手紙のやり取りをしている人で二十人ぐらいいるんじゃないの……?」

 

特に議場学は、その応用範囲が最初からはっきりと定まっているために大学以外にも研究者は多かった。むしろ最初に大学の中に議場学の講座が公的に開講されたのは二十年前のティロが始まりであるし、その時は法学の一部門としての扱いであったことを踏まえればまだ学問としては赤子とも言えた。

 

「そんなに」

 

「そしてもちろん文通相手の職業なんて書いてあるわけじゃないからね、議論の隙間の私信から読み取れたものが多いし、後でフェバー教授に確認する。名簿があればいいのだけれども」

 

「議場学関連だけでってことは、それ以外の人もいるの?」

 

「相当に。商人、数学者、鉱山技師、領主自身が手紙を書いている例もある。領主と言っても小さいところみたいだけど」

 

ただ、この人々の繋がりはかなり薄いようだった。テレナでも知る名前がいくつかあったが、彼らが議場学と繋がっていることをテレナは知らなかった。おそらく学院とも切り離された、見えにくい知的な世界がそこはあったのだ。

 

「あたしのとこみたいな?」

 

「ツィノドはなんだかんだいって大きいのよ、シェプルスキアの下の領主がいるじゃないの」

 

「あれは村長みたいなものだよ?」

 

「それでも地主で、一応は貴族扱いでは?」

 

「それもそうか」

 

そんな会話をしながら、テレナは順番も相手もまちまちの手紙を読み進めていた。あちこちで手紙がやり取りされ、誰かの手紙の写しを自分の手紙とまとめて送ることもあるため、テレナの記録用に使っている紙には棋譜にも似た略記で人名と所属、その関係が複雑に書かれていた。

 

「ただ、使えそうな人は少なそう」

 

「使えそうって?」

 

「今の統合王国の問題の解決の方法を、あの本以上に作れる人」

 

テレナから見れば、今頃冬の学院で手に取っている人も多いだろう「墜ちる灯火」の作者は深く統合王国を分析しているのは間違いなかった。ただ、その視点はどうしても歪んでいるところがあった。貴族という制度を憎んでいるか、あるいは市民の力という幻想を抱いているか。

 

もちろん、テレナも自分の思考が同程度に歪んでいるだろうことは理解していた。テレナはどうしても、貴族という枠で考えてしまう。それは自分の父の軍人としてのものと、統合王国という貴族文化の中心地における役者としてのものだ。

 

では、それらから距離を取った場所ならどうだろうか。どちらの貴族も同等に扱うような、そういった分析をしている人はいるだろうか。

 

手紙を読む過程で、テレナは候補を何人か見つけていた。その中にフェバー本人がいるのは幸いだった。

 

「……前にレイルグ君に言われたこと、どのくらい気にしている?」

 

シェプルスキアは一歩踏み出して、テレナは少しだけ身体を引いた。

 

「どういう、こと?」

 

「テレナがここの知識を必要としているのはわかる。でも、テレナは婚約破棄にとても近いところにいたんだよね」

 

「まあ、学年が離れているとはいえ同じ学院だからね」

 

「その外側から見ていた人が、意外な方法を思いつけるっていうのはよくあることだと思う。でも、そこにあるのが必ず答えってわけじゃないよ」

 

「……それもそうね、言い方を変えましょう。あれよりも良い結末を北側にもたらせるための知識を、もたらしてくれる人はいるかしらね」

 

「いるんじゃない?」

 

シェプルスキアはさらりと言う。

 

「そこは否定しないのね」

 

「さっきまでのテレナの言い方だとさ、なんかその人を見つけたら終わりって感じだったから。そういうふうに簡単な答えに飛びつきそうになったら、まずは本当にそれで終わるのか考えなきゃだめだよ」

 

「……そういう、経験が?」

 

「父の仇を夜に遠くから撃ち殺せばいいと考えた後で、それが何の役に立つのかわからなくなったりするからね」

 

「……そういえば仇討ちの話、よく聞いたことがなかったのよね」

 

「誰も言ってないからね」

 

そう言って、シェプルスキアは椅子を持ってテレナの向かいに座った。

 

「どうして、テレナに話さなかったと思う?」

 

「常識的な答えなら、いくつか用意できるわ」

 

そう言って、テレナはシェプルスキアを観察した。

 

「それを語れるほどの言葉がなかったというもの。あるいは、自身の手が血に濡れていることを友人に隠したかったから」

 

シェプルスキアの表情に驚きや恐怖はない。テレナはシェプルスキアを自分よりはるかに優れた俳優だと知っていたし、役者に対しての批評家だと理解していた。それでも、真似事ぐらいはできるつもりだった。

 

「機会がなかった。説明のために複雑な背景の共有が必要だった。でも、そのあたりじゃない」

 

テレナの言葉に、シェプルスキアは頷いた。

 

「可能性の一つは、その相手が共和王冠国の軍人だったというもの。その場合、過去を語るとなると共和王冠国の内部問題と絡むことになる。知られてしまうことは避けられなくとも、自分から口にするほどではない」

 

テレナが言い終わってシェプルスキアを見るが、表情は動いていなかった。話を聞いている時の、いつもの表情。ちょっと集中しているけど、観察を途切れさせているわけではない目。

 

「そうじゃないよ。相手はその時は総権国の将軍だった」

 

「……それを表立って言うことが、共和王冠国と総権国の衝突を招きうるから?」

 

「それもないわけじゃないけど……テレナに言わなかったのは、また別の理由」

 

納得できていなさそうなテレナを見て、自分の選択は間違っていなかったとシェプルスキアは少しだけ安堵した。もし安易に情報を渡していたら、その断片にある矛盾に彼女は気がついたかもしれない。

 

「仇討ちっていうのは、あまり正確な表現じゃないから」

 

それはもっと不名誉で、汚くて、そして傭兵団らしいものだった。

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