角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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異境の学びは痛切に感ず 9

「つまり統合王国においては、王室を中心とする貴族制度は崩壊しつつあると言えるでしょう」

 

テレナの言葉は、場合によっては危険な思想家のそれであった。しかし、彼女の言葉は丁寧な根拠と哲学に基づいていた。

 

「……テレナ嬢、質問だ」

 

大学の教室の一つとして使われる建物。本来ここで行われるのはフェバー教授による議場学の講義のはずだった。広いとは言えない部屋に十人程度の学生が詰め込まれ、本や紙を置ける演台に立って講義を行うような場所だ。

 

「はい」

 

「出典となさっていた貴族年鑑自体に直接あたったわけではないのでこういうのは憚られますが、同姓の集団を同一家系とみなすのはどうなのでしょうか?いえ、こちらのほうだと特にあの家絡みで……」

 

「ああ……」

 

テレナは学生の一人からの言葉に同情した。統合王国の貴族の家系図は、同君地域のものに比べればまだ素直だ。なにせ同君地域には、かのハッヘンヴルト家がいるのだ。

 

あらゆる場所に姻戚縁家のあるかの一族は、それゆえに多くの分家を抱えていた。ある貴族の家が途絶えればハッヘンヴルトの血ががそれを継承し、その地の訛りを持った分家を作る。そのせいで、同じ姓であることと同じ家であること、そして血が繋がっていることがしばしば関係がなくなっていたのである。

 

「……そのところ、統合王国のほうだとどうなんですか?」

 

「かなり素直なはずです。もちろん婚姻はありますが一代の同盟という側面が強く、ハッヘンヴルト家のような戦略的なものではありません」

 

統合王国の王子は決して少ないわけではない。公妾や愛人の子であってもきちんとした家の人物であれば王室が認知することは当然あったし、それは上位の貴族でも変わりはなかった。とはいえ、それでもなおハッヘンヴルト家には劣るものであった。

 

子は外交のための武器である。一人の娘は、一つの軍に相当しうる。それは自軍の被害を減らすことでもあるし、困った時に頼ることのできる援軍にもなる。とはいえそれで余った子どもは学院で苦しんで食い扶持を見つけるしかないのだが、といった説明を確認も兼ねてテレナはしていった。

 

「……ありがとうございます。小さな地域ばかり見ていると、統一された地域を例外とみなしてしまいがちで。そこにもきちんと制度があって、理由があるのはわかるんですが」

 

「わかります」

 

テレナは頷いて、椅子に座って楽しそうに議論を見ているフェバーを見た。

 

「ところでフェバー教授、質問が」

 

「僕で良ければ」

 

「これ普通に教授の枠の授業の時間ですよね?私の話が参考になるようであれば何よりですが、こういうことやって大学のほうから言われたりしないんですか?」

 

「この程度は問題ないよ」

 

「それならばいいのですが……」

 

そう言いながらも、テレナは自分に刺さる奇異の目線を自覚していた。女性で、貴族令嬢で、そして正規の大学の卒業資格もない。実務者が教壇に立つことは特にこのティロの大学、議場学の講義においては一般的であったが、それでもなお彼女は珍しい来訪者だった。

 

「あと、冬なのにかなり学生が多いんですね」

 

「……ああ、テレナ嬢は貴族ですから、そのあたりは食い違いがあるかもしれませんね」

 

そう言って、フェバーは立ち上がって教壇の方に歩いていった。テレナは数歩下がり、場所を譲る。

 

「貴族において学びは二次的なものです。それ以上に社交が求められる。冬の間、社交界は賑わいます。とくに西側、統合王国のほうではね」

 

そう言うフェバーに、学生たちは頷いていた。何人かは手元の紙にペンを走らせていた。

 

「そうすると、学生たちには実際の社交界で学ぶ必要が出てきます。だから学院の休みは長い。もちろん、僕たちのいる大学であっても地域によっては休みが長いことはあります。まあちょっといろいろと言われて短くなってはいるんですが」

 

そう言いながらフェバーは面倒な政治を考えていた。為政者にとって大学は不可欠な場所であるが、それは怠ける学生のために作られているわけではない。高い学費を以てもなお講堂の維持、式典のための費用、あるいは他の様々なことには金がかかるのだった。

 

そのような為政者にとって、長期の休みは腹立たしいものだった。もちろん彼らとて休まないわけではない。ただ、学生たちが一月や二月も怠惰に時間を過ごすのを見れば彼らの怒りが湧くものであった。

 

そうして定期的に大学には休日を短くしろ、学生の教育をきちんとしろ、教授は授業を怠るな、空いている教室はもっと有意義な講義に使え、などと様々な圧力がかかるのである。大学の運営を行う教授陣はそのような圧力を回避する様々な経験を積んでいたが、それは同時に簡単な要求であればすぐに受け入れて譲歩を引き出すために使うということもできたのだった。

 

「フェバー教授、そういう社交界って議場学ではあまり扱われない気がするんですが」

 

学生の一人が質問をすると、フェバーは頷いた。

 

「確かに同君地域においてはその影響は少ないと思います。それ以上に戦争が、議会が、あるいは市場が力を持ちます。しかし統合王国においてはどうでしょうか?テレナ嬢は答えられますか?」

 

かなりわかりやすい誘導をされているな、とテレナは感じていた。何を比較すればいいのかが明白だ。とはいえ、結論を誘導されている気がするのも癪であった。

 

「そうですね、名誉ある連隊に代表される軍事制度、解散された地方民会、そしてこちらで言う同業者組合に相当する勅令特許団体。それは権力と統制を王室という一点に集めたものであるように見えます」

 

その言葉に、フェバーは満足そうな笑みを浮かべた。

 

「とはいえ、先程述べたようにその集中は絶対的なものではありません。その対価として、貴族内部での力関係は歪んでいます。地方の声を届けるのは民会ではなく地方に基盤を持ちながらも首都で社交を行う貴族となり、古き貴族は軍人として、新しき貴族は知識と富によってその正当性を叫びます。購官制度については既に……」

 

テレナがフェバーの方を見ると、フェバーは頷いた。

 

「やっているようなので、続けますね。同君地域の多くの場所、あるいは共和王冠国における議会の役割は、貴族の社交界によって行われています。もちろん非公式の場所で行われる決定や誘導もこちらにはあるでしょうが、あそこにあるのは全てが影で行われる政治なのです」

 

だからこそ、何が起こっているのかがわからないのだとテレナは考えていた。冬の学院はその本性が少しだけ現れる場所であったが、それも全てではなかった。

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