そう時間もかからずに、包囲されていたシェプルスキアの軍は壊滅した。
「……もう一回、お願いしていい?」
「もちろんです」
シェプルスキアの言葉にテアリアが頷いて駒を並べ直していると、娯楽室にテレナが入ってきた。
「あ、テレナだ」
「……
テアリアが頷くとテレナは椅子を持ってきて、二人の顔が見える場所に座った。
他の人達の会話を無視するように集中して、シェプルスキアは眼の前の盤を見つめてぱちりぱちりと駒を動かしていく。この種の遊戯は基本的にいくつかの重要な要素がある。
まずは基本的な規則を知ること。どういう時に駒を追い詰めることができるのか。あるいは逃げることができるのか。これができないと、相手がやってくることの意味もわからずにいつの間にか相手の策に入っていることになる。
「テアリア嬢は、早指しだね」
「そうでもしないと不公平でしょう?」
テレナの言葉を流すように言いながら、テアリアは盤面を確認した。この遊戯に慣れているテアリアは、シェプルスキアとある程度対等に遊べるようにするために自らに縛りを入れていた。盤面を見るのを最小限にして、かつ考えずに感覚で打つのである。そうしていると自分がどうしても悪手ばかり打っているのがよくわかった。
ただ、初心者であるシェプルスキアも一般的な王道のような手から外れたものを打っていた。やりたいことはわかるのだがそれでは簡単に逃げられるよ、とテアリアは慣れた手つきで駒を動かしていく。一つの駒が相手に捕まらないように逃げている、とシェプルスキアは見るかもしれない。しかしそれは別に取られてもいい駒なのだ。事前に用意された狩り場に誘い込むための誘導である。
「あっ……」
「どうしますか?もしよろしければ、一手戻しても構いませんわよ」
「……いや、最後までやる」
「わかりましたわ」
あくまで淡々と、テアリアは手を進めていく。しばしば起こす誤った手は、たまにシェプルスキアに見抜かれて反撃を受ける。
「……難しいね」
「
そう言って、テアリアは王を追い詰めるための道順を頭の中で完成させた。あと七手で、シェプルスキアの黒の軍は全ての兵を失う。
王を討つために必要なのは、相手の行動を縛るための方法だ。捕獲のための白の駒は、王が動かせない場所をいくつか作っている。より正確に言うのであれば、相手が連携をしなければ取れないような配置と、連携をさせない配置を組み合わせているのだ。
「……負けました」
そう言って、シェプルスキアはあと三手で王が取られる状況で負けを認めた。
「……テアリア嬢も、いつもそれぐらい先を読めれば良いのだけど」
「テレナ、嬢」
「なに改まって、あなたの方は別にいいのよ」
「じゃあ、テレナさん、でよろしいでしょうか。ところで、なぜ私の方にそのような呼び方を……」
「過去に問題を起こした身だから。謝罪はその後の誠意ある行動なしには受け入れられないものだと私は思っているけど」
半分はテレナの嘘だった。相手に対して過剰に丁寧に接するという形の攻撃だったが、シェプルスキアの相手をしてもらった分ぐらいは警戒を解いてもいいか、とテレナは肩から力を抜いた。
テレナから見たところ、テアリアはそれなりの棋手に思えた。シェプルスキアの手は明確に意図がわかるものだったが、それでもテレナが考えるのと同じぐらい真っ当なものだった。それを一瞬で捌いていくのは、基本的な方法を超えて相手の思考を軽くではあるが読み、場合によっては誘導できることを意味する。
盤面から距離を取っていたからこそ、テレナに見えるものもあった。シェプルスキアがじっと手を考えている間、テアリアはシェプルスキアの顔を見ていた。
「……でも、テアリアさんと呼ばせていただけるのであれば、そのように」
「……お願い」
それを聞いて、テレナは頷いた。
「しかし、テアリアさんがこういったものが得意だとは思いませんでした」
「子供の頃、ずっと祖母とやっていましたの」
「練習、ね」
テレナは少しだけ、警戒をしていた。こういった卓上遊戯に慣れた人間は、しばしば特別な視野を持つことがある。それは頭の使い方のようなもので、例えば何かをする時にその行動が与える影響を二手先、四手先を読むように予測する癖がつく、というものだ。
「……テレナさんは、こういったものが得意ですか?」
「いいえ。本当に初心者です……二人で組めばもう少しテアリアさんにとっても手応えのある戦いができるかもしれませんが、ね」
「それっていいの?」
「二人対二人で、同じ陣営が打ち手を交互に替えるものがあります。基本的には相談ができない分難しいのですが……もし対話するなら、ご自由にどうぞ。私はその程度で負けるほどではありませんので」
テアリアはそう言ったが、これは事実だった。別にテアリアはこの
「……わかった。シェプ、私がいくつか手を提案するから、評価してもらえる?」
「そういうやり方で行くの?」
「たぶん考えるのは私のほうが早くて、それがいい手か考えるのはシェプルスキアのほうが上手だから」
一瞬だけ漏れた略称を聞いて、相談をしている二人をテアリアは羨んだ。彼女には友人がいない。学院では先輩たちの駒として動くしかなかった。
そして同時に、彼女には色がつきすぎていた。彼女は明確にファーネスタ閥の人間であり、彼女自身を一人の人間として見る人はほとんどいなかった。ただ、シェプルスキアだけが自分をその背後を切り離して見てくれた。それは対等なものではなくあくまで諭すようなものであったが、高圧的なわけではなかった。
そこまで考えて、けれどもナイフを当てられたのは怖かったしそもそも許されないからその分の謝罪はどこかでちゃんと聞きたいと考え、作戦が決まったらしい二人に対峙するべく駒を盤からすくい上げるように手に取った。