「さて、誰が次を出す?」
テレナがそう言って
男が二人、テレナを含めて女は二人。机の上の小鉢には、肉料理を頼めるほどの小銭が賭け金として入れられている。周囲には覗き込む酒場の客もいるが、囃し立てる下卑た空気というよりも好奇心を抱いている様子であった。
「……あたしは降りる」
シェプルスキアは悔しそうに言った。
「俺もだ」
無口なイウェラ連隊の男が言う。残る一人、ラムズィンにテレナは視線を向けた。
「花の八」
出された札は、テレナの手持ちよりも強いものだった。
「はい私の負け!持ってけ!」
机の上の鉢をテレナは相手に押し付けるようにする。ちょっとした夕食の一品を賭けた、法にも触れない範囲の遊びである。
「いやあしかし強いですな、テレナ嬢。何度か危ないと思ったが」
「ラムズィン卿もよくまあやりますよ、つまりこれ中盤の負けの状態でもこの手札を隠していたということでしょう?」
そのテレナの言葉にラムズィンは意味ありげな笑みを浮かべた。
「まあしかしいい肉を一人で食べるのは申し訳ないですからな、すまないお医者先生、腸詰めの盛り合わせと、取り皿もらえるかね?」
「お医者先生?」
シェプルスキアは不思議そうに聞く。
「ここによく来てるっていう男から聞いたんだがな、ここは薬を出してくれるらしい」
「素晴らしい水ね」
「そういうこった」
笑うラムズィンの顔は少し赤くなっていた。
「で、お嬢とテレナ嬢はおかわりしないのか?」
「あたしは今はいいかな」
「では私は大麦酒をもう一杯」
シェプルスキアもテレナも、酒の味はよく知っていた。それがもたらすものが大抵良くないことも理解していたし、飲まねばやってられない人がいるのもしっていた。
とはいえ、程よい酩酊は思考をほどほどに柔らかくするし友と飲むものであれば軽くなった口からの失言も多少であれば許容される。そういう前提がある相手とであれば、酒を飲むのは楽しいものだった。
とはいえ、テレナは社交界では年齢から酒を断ることもしばしばあった。なにせ飲める人を相手にするのであれば後で酒精を吐き戻したところで血の頭に巡ってしまった分だけで数日動けなくなるためである。
「こっちに来た学びはどんなところだ、お嬢」
「今度共和王冠国の制度について討議をやるらしくて、そこで話してくれって」
「本気か?いやでもお嬢の話は上手いからな」
そう言うラムズィンに、テレナは頷いた。
「一応は彼女、学院の運営理事会でそれなりに話したこともあるのですよ」
「あれはなんていうか……まあ、あるよ」
酒の場であれば、少しだけ威厳を緩めるのも戦略の一つだった。あるいはまだ若いシェプルスキアには、そのような微妙な機微を酒精が入って判断力が鈍った頭で処理できなかったのもある。
「シェプルスキアの話は、間違いなく人の心をつかむ。それは限られた場所でかもしれないけど」
「それじゃあお嬢、今度議会でなんか一発かましましょうぜ」
「いやだよぉ、それでお前らがやれって言われるやつになるし……」
「いけるわよ、シェプルスキアなら」
テレナはそう言って運ばれてきた大麦酒を飲みながら言った。テレナの故郷とは違った味わいだったが、これはこれで良いものだった。
「おっ腸詰めが来たぞ、俺のだからな」
そう言いながらもラムズィンは小さな皿に三人が食べる分を少し取り分けていた。
「……ちゃんとみんな、食べれている?」
「ツィノドでですかい?」
シェプルスキアはラムズィンに頷いた。
「……まだ収穫は安定しない感じだ。まだ荒れている土地は多いし、水も難しい。周辺の地域との境界で揉め事がある場合もある。使いやすい土地があっても、そこを使えるかは別だ」
「どこの領主も持つ悲哀ね。そういう意味では、ここで議場学の関係者と知り合いを持てたのは良かったんじゃないの?」
「そこなんだよ」
テレナにシェプルスキアは言う。
「学院とはまた違った見方で、でも両方とも意味があるんだよね」
「学院はどうしても実用というか、現場で役に立つ知識を中心にするけどその現場はどうしても統合王国の影響範囲を前提にしているからね。冷海同盟のほうの商業的知識も参考にはなるけど、あれも冷海という交易に使える海があってのもの」
そういったテレナの言葉を聞きながら、シェプルスキアは頭の中に地図を思い浮かべていた。冷海。騎士団領も面する海。多くの船が行き交う場所。しかしそれは、話にしか聞いたことのないものだった。そういえばイヴェリャン団は北の海を見たことがないな、とシェプルスキアは考えていた。
「……そうするとさ、あたしが学院に行ったのってただ学んでこい、ってわけじゃないよね」
学んだ知識が使えない事が多いのはわかっていたが、それすら学びにしなければならないことを理解できるようになるまでには短くない時間が必要だった。そしてそれを行動の形にするためには、さらに時間がかかるのだろうとシェプルスキアは考えていた。
「多くの学生はそれを卒業した後で気がつくけれども、シェプルスキアならすぐわかるって思われたんでしょう」
「だといいな……」
「そもそもお嬢は団の中で一番出来が良かったんだ。天幕移してもすぐにその場の言葉に馴染んだし、剣も弓も銃も器用に使いこなした。いやぁあのころは可愛かったが……」
「いまのあたしはかわいくないってのか?」
「……我らが連隊長にそのような言葉を吐ける兵は、ツィノドにはおりません」
うまいな、とテレナはまた一口大麦酒を飲みながら考えていた。この発言でラムズィンが否定しているのはどちらの言葉なのかは曖昧だ。かわいいことを否定するのも肯定するのも避ける、そしてそれが敬意によるものだと示すなかなかいい方法だった。
とはいえ、これは酔った面倒な人間相手の手段であってそれを使いこなさなきゃいけないのは面倒な社交界の場ぐらいのものなのだがね、と取り分けられていた腸詰めをテレナは口に運んだ。