角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す
知見の深みは暗闇を示す 1


「イラニアだよ、よろしく」

 

そう言ってテレナとシェプルスキアに握手を求めた彼女の手には、洗っても落ちないようなインクのしみがついていた。

 

「イラニさんと、イラニアさん……」

 

シェプルスキアは呟き、頭の名化で顔と名前を一致させる。

 

「語源は同じね。祖母の名前から取って、重ならないようにしたとかですか?」

 

「まあそんなところ」

 

そうテレナに言い、イラニアは二人を椅子に座るよう促す。イラニアの自宅はあまり広くはなく、それなりに整理された本棚と机の上の紙が特徴的な空間だった。

 

「で、話はだいたいレイルグのやつから聞いてるよ。共和王冠国の話なら、それなりには行けるはず」

 

ありがたいことだな、とテレナは考えていた。ティロの地においては統合王国の文化圏とは異なって明確な儀礼めいた紹介は必要なかったが、逆に言えば相手に興味を持ってもらえなければ手紙を取り次いでさえもらえないということである。

 

そこでレイルグから事前に伝えてもらっていることは、二人にとってかなり有利に働いた。少なくとも、今のところテレナは教授であるヨルワの名前を使わずに済んでいた。

 

依頼していたのは共和王冠国についての講義。テレナが求めるようなものであれば、直接話ができる人がいいだろうということでレイルグがイラニアを紹介したのだった。それはもちろん血縁であるから詳しく知る相手だったというのもあるし、数少ないその分野での知識を持つ女性だったからというのもある。ただ、専門性と知識は間違いなく保証されていた。

 

「……ポジェチニャ共和王冠国、ツィノド女領主、イウェラ家のアズドの娘シェプルスキア」

 

イラニアは軽く目を閉じ、上を向いて言った。

 

「はい」

 

「きみの女領主就任が、共和王冠国の中でどういう認識をされているか、理解しているかい?」

 

「よくわかってないです」

 

そう言ったシェプルスキアに、イラニアは腹を抱えて笑った。

 

「そいつはいい、いや、本当はそれぐらいでいいんだ。あそこはどいつもこいつも考えすぎなところがあってね、それで自分も相手もがんじがらめに縛って動けないようにするっていうやり方が好きなのさ」

 

よくわかっていなさそうなシェプルスキアを見て、イラニアは気まずそうな顔をした。

 

「っと、すまないね。レイルグのやつと話すようにしてしまった」

 

「えっと、それは大丈夫です。ツィノドのほうではそういう調子でしたし」

 

「ならこっちで行かせてもらよ」

 

テレナは正直なところ、こういった空気があまり得意ではなかった。この調子に合わせると楽しいのはわかるのだが、それは普段の態度を忘れさせてしまうような気がした。もし自分が貴族でなかったのならそれも良かったのだろうな、と考えつつテレナはイラニアを見る。

 

「さて、まずは歴史だ。共和王冠国の歴史をいつから語るかは難しい。イトストゥルによるポジェチニャ年代記によると大支配地(イルパティム)の地方領事の系譜が王族になったとあるけど、これは正直疑わしいところだ」

 

いきなり知らない本の名前を出され、シェプルスキアは少し混乱したが一旦落ち着いていつもテレナが言っていることと同じだなと考えていた。必要ならまた後で説明が入るし、そうでなければ流しても構わないようなものだ。

 

「その後の海峡に残った大支配地(イルパティム)との関係だの、聖座よりの戴冠だのは一旦置いておくか。それまでの王国ではなく、共和王冠国なんて不思議なことになったのは二百年ちょっと前、複数地域の合同が行われたときだ。各地の貴族の利害関係だの、信教の問題だの、あるいは当時の東方、つまりはルウォロドの地からの侵略だの、まあ色々ある」

 

テレナは古い地図を頭の中になんとか思い浮かべようとしていた。歴史的に見れば、その地域は西方にも劣らない様々な勢力の入り乱れた地であった。

 

「もとからポジェチニャ王国は議会が強い国だった。むしろ正確に言うのであれば、貴族が強い国だったと述べるべきかな。分裂時代に各地で軍と経済を握った領主が力を持って、そして東方からの圧力のために改めて手を組んだ、と考えれば良い」

 

「つまり同君地域みたいな形ですか?」

 

そう言うシェプルスキアに、イラニアは難しい顔をした。

 

「……そうだ、と言いたいところもある。ただ、私は違いのあたりに着目していてね。その立場からすると同じものとは言えない」

 

「なら、どこが同じで、どこが違うのですか?」

 

シェプルスキアは前にされた質問を思い出していた。具体的な質問をすれば、具体的な答えが返ってくる。けれども、その具体的な質問をするためには知識が必要なのだった。

 

「一つは家。今のポジェチニャ王冠に繋がるものを最初に被った一族は、王というよりも婚姻と継承によってそれをたまたま担うことになった地方領主というほうが正しいものだった。時折冠はその下に流れる血を変えながら手渡されていったから、ハッヘンヴルト家のような明確な中心の一族という意識が薄い」

 

テレナは頷いた。今の同君地域の西側、すなわち元神聖連邦の地域と東側、つまりハッヘンヴルト家が直接の領地として持っていたいくつかの王国と従えていた諸侯をまがりなりにも結んでいるのはやはりその血に他ならない。

 

では血がない状態でどのように国をまとめるのか、というのはテレナの気になるところであった。それは「墜ちる灯火」では書かれていなかったし、実際に起きた時にどう振れるのかがテレナにも予測できないものだったからだ。

 

「二つ目に法。ポジェチニャ王国は議会が強いと言ったけれども、それは王の名のもとに議会と貴族の特権が認められていたからだ。法の制定時に必ず王は議会の合意を得なければならないし、議会の合意によって作られた草案を王が拒否することは規則の上では出来たけど明らかに貴族に対しての意思表明となるようなものだった」

 

「同君地域ではまともな法がありませんからね」

 

「試みはあるんだがね、一向に上手く行っていない。ただ、ハッヘンヴルト家も相当苦労していることは理解しなよ?」

 

そう言われ、テレナは頷いた。

 

「ただ、そういう状態の国家は当時の国王の突然の子によって混乱に墜ちる。あいにく跡継ぎもいない状態で、どこから王を持ってくるかで貴族内が割れそうになるほどだった。歴史が奇妙なのは、その当時に一人、対処可能な人物がいたということだよ」

 

そう言って、イラニアは少し間をおいた。テレナもシェプルスキアも、その人物のことは知らなかった。

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