角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 2

「ポジェチニャ王国最後の王、ゾーデンツ三世は統治者としての素質は素晴らしくてね。当時分散していた王権を整理し、議会すら意のままに操った。国内の宗教派閥をどうにか寛容の名の下に抑えたのは、その後の大宗派戦争後の予見とすら言ってもいい」

 

イラニアの話を聞いていると、テレナはどうにもここからあの複雑怪奇な制度の共和王冠国が生まれるとは思えなかった。よくある王国史の中の賢王ではないか。もちろん、貴族にとっては悪王かもしれないが。

 

「彼を支えたのは大宮宰ヤニレ。古典と法学に精通し、王を縛る法を同時に貴族を縛る法としても用いたやり方は、大支配地(イルパティム)の制度を援用したものだ。そして彼は王の忠臣として、ゾーデンツ三世を最初の戴冠者にした。議会によって選ばれた、第一の貴族としての立場に彼を位置づけたわけ」

 

「……なんでそんなことをしたんですか?」

 

シェプルスキアは言う。

 

「理由は色々ある。例えば当時の王の行動を制限することにもなるし、王と貴族はある意味では対等であるという姿勢を示すためだとかね。もちろん、当時の情勢からすればゾーデンツ三世に反対票を入れるものはなかった」

 

そう語るイラニアの説明を聞きながら、テレナはかつて存在した統合王国の地方民会を思い出していた。あれもかつては王の行動を正当化するために地方の意見を集めたという形で作られたものだ。もちろん議会は多くの問題をそれが起こる前に多様な意見を集めることで起こらないようにするという役目はあるが、それ以上に多くの人々を共犯者として巻き込む役割があった。

 

「そして彼が急に亡くなった後、ヤニレは混乱する国家を支えた。誰の敵でもなかった老人に王冠を被せ、自分はあくまで大宮宰としての立場を守った。かくして共和王冠国の伝統は生まれた……なんて、きっと共和王冠国の子供たちはこれから学んでいくんだろうね」

 

纏う雰囲気が嫌な感じになったな、とシェプルスキアは考えていた。賭けの時にずっと隠していた手札を出す時のそれだ。つまりは、今までは隠していたことがあったのだ。

 

「……そうではない、と?」

 

テレナが尋ねると、イラニアは頷いた。

 

「これは私の主張していることなんだがね、ヤニレはほぼ間違いなく王権の簒奪を目論んでいたと見るべきだ」

 

「あれ、王に忠実だったんじゃ……えっと、もしかして一旦集めてからのほうが色々やりやすいから、とか?」

 

シェプルスキアにはある種の直感があった。参謀天幕という後から思えば正しいと思えるものでさえ、導入には一世代が変わるだけの時間がかかった。もしたった一人で王国に複雑な制度を導入したとしたら、それは念入りな準備があったはずなのだ。

 

「そう。シェプルスキア嬢はこの手の駆け引きに覚えは?」

 

「傭兵団の娘だった頃がありますから、そりゃありますよ」

 

シェプルスキアは自分の言葉がきちんと出せているか怪しいと思っていた。ここで否定するのは間違っているとはわかっていたが、曖昧に肯定したのがどこまで正しいのかはわからなかった。自分の取った行動が、後世でどう評価され、誤解され、あるいは暴かれるかというのは、今までシェプルスキアが詳しく考えることを避けていたものだった。

 

「……でも、それが正しいとなるとヤニレが悲惨な人物になりませんか?」

 

「どうしてそう思う?」

 

イラニアはテレナに向けて、少し挑発的な視線を向ける。

 

「彼は王の死に向けて準備をしていた。しかし、それは想定より早く、誰も意図しない時に起きた。結果として彼は起こすはずだった簒奪の計画と同じ筋書きを、より混乱した状態で演じる必要がある……」

 

「私もそう思うよ。議会への権利の再分配と明確な拒否権の付与。土地と税収に対する特権の創設。どれも懐柔策で、配られる対象となったのはヤニレに協力的な貴族だった。とはいえ最終的には彼らもヤニレを恐れ、あるいは裏切ってそういった人物を縛るための裁判所を作るのだがね」

 

「誰も彼もが疑心暗鬼になるわけですか」

 

テレナが言うと、イラニアは頷く。

 

「とはいえ、基本的には今の統合王国が権力を全て国王に集めているのとは逆で、全ての権力を貴族に散らすようなものだった。かつて王が持っていたものに比べれば、戴冠者と裁判所が持つものはほんの僅かに過ぎない」

 

「あー、補足してもよろしいでしょうかイラニア先生」

 

テレナは手を挙げて言う。

 

「はい、どうぞ」

 

「実際のところ、統合王国はその名に反して統合されていませんよ。同君地域よりは明確に王がいますし、共和王冠国のように目に見えて王権を制限する議会があるわけでもありません」

 

「……詳しく」

 

「全てのことを一人の王が決めるということは不可能です。結局は有力者が裏で調整を重ね、有能な下級貴族か平民が仕事をするしかない。共和王冠国の議会に相当するものは、宮廷社交界と邸宅社交界と呼ばれるものが担っています」

 

「そうすると、共和王冠国はそういった影の議会を全て表に引きずり出したと言えるかもしれない、ということか……」

 

そう言いながら、イラニアは思考を整理していた。共和王冠国とて、全てが法によって手続きが行われるわけではない。百の法があれば三百の内部規則があり、千の前例と慣習がある。それが積み重ねられていることは共和王冠国の強さであったし、その全てをひっくり返してからでないと動けないのは間違いなく共和王冠国の弱さでった。

 

「どちらがいいのかはわかりかねますが、少なくとも共和王冠国についてろくに調べもせず民主制だのが論じられていたらしいのはわかってきました」

 

「テレナもそうじゃない?」

 

「そうだけど……」

 

そう話す二人を見て、イラニアはこちらのほうでも流れている噂について思い出していた。学院で起こった事件を元に、統合王国の内情を風刺した小説。それを知ってレイルグの手紙を読み返せば、確かにその仄めかしは見られた。

 

「その本、私は読めてないからどこかで手に入らないかな」

 

「今ならちょっと輸入とかをする書店とかにならもうあるかもしれませんよ」

 

「なるほど、とはいえ統合王国語はそこまで得意でもないから訳書があるといいんだが」

 

「……売りますかね」

 

あの本を理解できるのは統合王国の人が中心だろう、とテレナは考えていた。そしてフュルシーアの性格を思い出すと、売れないだろう範囲のために翻訳してまで刷るとは思えない。ただ、もしそれが北側世界全体で売れると判断されれば各地で翻訳と流通が行われるだろうという確信はあった。

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