角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 3

法令の写し。任命者の名簿。予算についての書類。イラニアの部屋でそういったものを見ながら、テレナは自分の頭の中で共和王冠国についての理解を再確立していく。

 

それはテレナが基準としていた統合王国のような明確に中央への権力集中を目指すものでも、あるいは冷海同盟のように金と契約以外に信じられるものがないからこそ生まれる王権の弱体化でもなかった。

 

「……まあ、確かにこれをもっと改善したものを統合王国に持ち込めるなら、それが一番かもしれませんけど」

 

もし本が語る市民による統治が、民主制というものが成り立つのであれば、最低限はこれぐらいは必要だというものが共和王冠国にはあった。実際のところ、今の統合王国においてまともに代表者を選ぶ市民として認められる人口割合は、共和王冠国における貴族の人口割合と同じぐらいになるかもしれない。

 

共和王冠国は、その歴史の過程で多くの貴族を産んだ。ある時は票をかき集めるために、またある時は貴族への特権を求めて。特に大宗派戦争以降は、乱発と言っていいほどに貴族としての権利が与えられている。

 

とはいえ、爵位のような区別ははっきりとしているわけではない。地位や領地に結びついた称号はあるが、たとえば官僚として働く貴族と地方で小さな畑を持つ自作農の間には、明確な特権の差は存在しない。職業に紐づく年金はあれども、彼らは同じ一票を、少なくとも法の上では保有しているのだ。

 

「少なくとも『墜ちる灯火』よりもここの憲法を丸ごと持ち込んだほうがよっぽどいい、というか上手く取捨選択できれば……いや、それができれば苦労はないわよね」

 

それは本が唱える魂の自由、人として生まれた以上持つべき権利、あるいは特権を持つ貴族なき体制とは明らかに異なる。ただ、もしそれを基盤として作るにしても結果として国家を構築するために必要なものが大体揃っていた。

 

「テレナ嬢の危惧は、なんとなくわかった」

 

席から立ってそう言うのは、部屋の主のイラニアだった。

 

「読み終わりましたか?」

 

尋ねるテレナが見るイラニアの手には、「墜ちる灯火」があった。統合王国語版だけであったが、イラニアは最低限の教養としての知識と、時折のテレナの解説があれば通して読むことはできた。

 

「うん。ここまで簡単に手に入るとも思ってなかったし、ここまで中身がないとも思っていなかった」

 

「物語としては面白いのですよ、これは……」

 

イラニアは政治思想書として読んだのだろうな、とテレナは考えていた。もしそう見るならば、この本の内容は非常に簡単だ。

 

貴族を倒す。そうすれば市民の力を集められてどうにかなる。

 

「いかにして官僚の職を保証するか。領主を世襲でなくすのであればそれだけの教育をどこでするのか。貴族から没収した富を配分するにしてもまともな方策もなし、税収も外交も軍もまともに構想していない」

 

「そういう本ではないですからね?」

 

さすがにテレナであってもイラニアに素直に同調はできなかった。

 

「だが、これはそういう本として向こうでは扱われているんだろう?」

 

「……ええ」

 

テレナはそう言うしかなかった。だからこそ問題だったのだ。隙間を各派閥が、あるいは個人が勝手に埋めてしまう。そして勝手に思い込んだ国家体制をすり合わせることなく、本という共通の理解があるのだと錯覚するのだ。

 

「……ま、統合王国がどうなろうと私は知ったことではないんだが」

 

「いいですね、こちらは国境とそう遠くないのでハッヘンヴルト家が動くんですよ」

 

「こっちはせいぜい前線に行った分を埋める兵と、あと金を出すぐらいさ。この地が戦場になるよりは良いし、仕事も増えるから個人的には助かるが」

 

「仕事……ですか」

 

そういえば聞いていなかった、とテレナは今更ながら気がついた。手を見れば何かを書く仕事なのだろうとは理解できたが、では具体的に何なのかはわからなかった。

 

「計算手だよ。議会とか商会とかで雇われる」

 

「……ああ、なるほど」

 

テレナはその職が、実に微妙な立場であることを噂では聞いていた。一定以上の知識と能力がなければできないが、やっていることは単調そのもの。故に大学の学生であったり、あるいは卒業したはいいが職がない数学者の卵がよくやるものだった。

 

発展した官僚制度は、同時に多くの書類仕事と計算を生み出した。例えば各地の税収を合計するとなれば、膨大な量の加算が必要になる。利息が絡めば数表が必要になるし、間違いを確認するためにはいくら計算手がいても足りることはない。

 

それゆえに、一応は女性でも参入可能な職とみなされていたし、女性が公的にすることのできる知的労働者としての立場であればかなり良いものであると言えた。もちろん男性であればその上に実際に勤める官僚として、あるいはその上の人物としての立場があるし、非公式であれば統合王国における邸宅社交界を通して知的能力を振るう女性は少なくない。

 

「……だから、共和王冠国の知識がそこまであるのですか」

 

しかし公的な職は、明確な情報に触れるためには不可欠であった。共和王冠国は、ティロにとって小さくない貿易相手である。

 

「学院とは違ってね、こちらでは色々と面倒なことがあるんだよ。まあ学院からとはいえ乙女が二人でやって来るのは異常だと思うけど……」

 

「それはそうですがね、今の学院には私と並ぶやつがいるんですよ」

 

「……どういう人物?」

 

「王室の庶子でしてね、今頃は相当動いているはずですよ」

 

「……大変ね、あなたたちも」

 

「貴族ですから」

 

テレナにとって、それは自分の行動する方向を縛る言葉だった。もしこの言葉がなければ、もっと雑多な知識を取り込むことになっていただろう。もちろん、そういう選択を取らなかったから得られなかった知識は多くあるはずだ。学院の講義程度の内容は知っていても、直接統治に役に立ちそうにない知識はテレナには欠けていた。

 

だからこそ、テレナにとって発展した議場学というものは想定の外だったのだ。もともとの実務的な議場学であれば、有用だとして学んだだろう。しかし実際にある体制を比較し、分析し、そしてその背景を詳しく考察した上で分類するようなことは、テレナにとっては興味の外に置かなければならないと戒めていたものだった。

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