角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 4

「……ちょっと話しすぎたかな」

 

「いいえ、私は構いませんよ?」

 

夫が講義をしている時間にシェプルスキアから話を聞いていたイラニはそう言ったが、シェプルスキアは首を振った。楽しく話せていたのは事実だが、これ以上はやめようという自制心がシェプルスキアの心のなかに浮かんできていた。

 

「ううん、イウェラ連隊の秘密になるから」

 

「大切なことなのはわかるのだけれどもね、秘密ばかりでは発展は阻害されるのよ?」

 

「別に戦争のやり方なんて……」

 

シェプルスキアはティロを敵になり得る都市国家だと認識していた。そして、軍はともかくその裏にある統治には侮るべきところが見つかっていなかった。

 

イウェラ連隊は、あらゆる場所を調べる。そのためならあちこちを歩き回り、支払いの硬貨を渋らず、そして恐ろしさを見せた上で愛想の良さを示す。一度印象と実態が違うと思ってしまった人はその印象を拭い去ることはできないのだ。

 

そうして集まった情報を見る限り、ティロは実に堅実な都市だった。もちろん、それは防壁があるという意味ではない。解体工事が十数年かけて進行し、今では一部の象徴的な場所と工事がまだ終わっていない場所を除いては、少し高い建物からであれば郊外が見えるのだった。

 

そして、その先には要塞があった。それまでの都市を囲っていたものよりもより頑丈で、連携が取れるものが。要塞同士を結び、あるいは中央の都市から伸びる道路の整備は今すぐにでもそれなりの部隊を動かせる水準にあった。

 

もちろん、それは都市を狙うと決めたシェプルスキア率いるイウェラ連隊であれば突破可能なものだ。迂回して弱い場所を狙い、あるいは砲が効かない霧や雨を待ち、そして騎兵によって都市の重要地点を制圧することは不可能ではない。

 

ただ、ティロの資金と都市圏の人口による兵士たちの数、そしてハッヘンヴルト家を敵に回すことを考えれば危ない戦いになるのは間違いなかった。なにせ、たとえ街を奪えたとしてもそこは守るには難しい場所なのだ。一時の混乱を起こすことはできても、長期間の支配となるとそれはもはや軍隊の手に負えないものになっていた。

 

「シェプルスキア嬢は、戦争は嫌い?」

 

「今は仕事じゃなくなったので、ない方がいいと思う」

 

それに、かつてイヴェリャン団が辛うじて大敗を避けてきたのは相手よりも少しだけ多く策を練れたからだった。相手を分断し優位を作り、あるいは飢えさせるために輸送を狙い、時には小さな攻撃を繰り返すことで疲弊させた。もしイヴェリャン団に十分な兵と指揮官がいれば、そんなことはしなくて済んだだろう。ただ真正面から大勢の軍を進めることができれば、大抵の戦には勝てるのだ。

 

「まあ、私も本の中だけで十分ね。レイルグが死ぬのを受け入れろと言われるのは嫌だもの」

 

「……ええ」

 

いいな、とシェプルスキアは小さく羨んでから歯を噛み締めた。それを担うとシェプルスキアは決めているのだ。それが決して容易ではないことはよくわかっている。一人ではなし得ないものであることも、あるいは巻き込まれた人の安寧が保証されない道であることも。

 

ただ、それを支えてくれる人々がいた。彼らにとってはシェプルスキアの父親への忠誠の続きなのかもしれないが、シェプルスキアはそれでも構わないと思っていた。

 

「そういえば、レイルグは学院ではどうなの?」

 

「どうって……あたしは第二学年で、第一学年のレイルグとそう顔を合わせるわけじゃないし」

 

「なら、去年のあなたの、つまり第一学年が学院でどういう生活をするのか聞かせてもらえる?レイルグは手紙に色々書くのだけど、きっと伝え忘れていることもあるでしょうから」

 

「それならいいですよ」

 

そう言って語りだしたシェプルスキアを見ながら、イラニは頭の中で学院の形を作り直していた。ティロにおいてそれが語られる時、それは様々な微妙な差異を含む。

 

例えば大学とはまた異なる教育の場所。この時には大学でも学院のようにより実践的な教育をするべきだと言う人と、大学は学院とは違ってきちんと知のあり方を考えるべきだという真逆の言い方で引き合いに出されるものであった。

 

あるいは、西側貴族社会における異物。ティロは統合王国の文化圏からは外れていたし、西側に分類されないこともあった。ある意味では古い価値観から見れば、統合王国は珍しくもない領主制度を突き詰めた結果生まれる国家であり、その文化は絢爛なものであった。その中で実務に重点を置く学院派は、ある意味では東側的な実利主義を備えていた。

 

とはいえ、こういった議論を始める前に正しく西側と東側を定義する必要があるのは面倒だった。イラニの夫のフェバーはそのような試みを友人たちとやっているが、それでも作業は難航していた。各地の体制とその背景をまとめようとする度に、定期的に反乱だの領主交代だのが起きて追記すべき内容が増えるのだった。

 

「かなり実践的なのね」

 

「教授がそういう人ばかりだからだと思う。軍も統治も実際にその場所にいた人の言葉だから、そのまま使えるかどうかはともかくとして学ぶことはおおいと思ってる」

 

「なるほど、レイルグにとっては面白い場所になりそうね」

 

「……ただ、ちょっと不安なのが」

 

そう言って、シェプルスキアは口を閉じた。

 

「不安?」

 

「今の冬の学院で、去年はテレナとあたしが色々学んだんだけど、今はそれをレイルグたちがやっていて」

 

「……確かに、いきなり実戦を経験させるには早いのかもしれないわね」

 

「……そうですね」

 

シェプルスキアは一瞬反論しようとしたが、それがどこまで効果的かを考えてそれを言うのをやめた。シェプルスキアからすれば、新兵を慣らすためには戦場に突っ込ませることが有効だと知っていた。しかし、それはしばしば死を伴った。そうでなくとも、初陣で二度と戦場に立てないような傷を負った自分よりも若い兵士をテレナは知っていた。

 

確かにそれは全体的に見れば死者を減らしたかもしれないが、それは戦争という問題に対してのやり方だった。もし今のレイルグが立ち向かわなければならないものに戦争の道理が通じないのであれば、シェプルスキアの言葉には意味がなくなってしまう。

 

そしてその言葉に意味をもたせるほどに十分な社交界における戦績を、シェプルスキアは持っていなかった。

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