テレナとシェプルスキアがフェバーの家で議論をしていると、扉を叩く音がした。
「あんたがフェバー教授か?」
外にいたのは普通の人に見えた。学生にしては歳をとっているが、別に道を歩いていても気が付かないような姿である。フェバーはよくわからないままに頷いた。
「じゃ、これを。確かに届けたからな」
そう言って荷物を渡して彼は雑踏へと去っていった。受け取ったフェバーは奇妙そうに客人である二人の乙女を見る。
「……これは、僕宛ての荷物かい?」
テレナにはこういう荷物の運び方を知っている人物に一人、心当たりがあった。
「少なくとも荷札にはそう書いてあるならそうなのでしょう。開けていいと思いますよ」
「では」
そうテレナに言ってフェバーは蝋をはがし、布をめくり、厚紙を開いていく。
「それにしても厳重な梱包だな」
テレナはそう言うフェバーに頷いた。多くの郵便ではこのように包装されることは少ない。重くなれば、あるいは大きくなればそれだけ費用がかさむし、運ぶ速度は墜ちるものなのだ。
「おそらく南方街の流通経路を使ったのでしょう。速度は確保できますが、荷物の扱いの保証はない。ならきちんと梱包しておけばいいと」
外見だけでは何かわからないようになっていたが、次第にそれが本と手紙の束であることがわかるようになってきた。
「本については……テレナ嬢、君へのものだ」
「ありがとうございます。なるほど、悪くない装丁がされている」
テレナはそこまで厚くない本の背表紙を触りながら言った。
「そうなの?」
シェプルスキアの問いかけに、テレナは頷く。
「高級というわけではないし、正直に言えば安いけれども見栄えは悪くないし、それなりに頑丈。少なくとも、多くの人の手を渡るだけの耐久性はあるよ」
「手紙は僕と妻宛にレイルグから……。それとアニドという人から、これはテレナ嬢かな?ところでこの人は、どういう人なんだい?」
そうフェバーに言われ、テレナは折りたたまれて封をされた紙を受け取る。
「何って、ただの同級生ですよ」
「ただの同級生が、そういう文言を書くのかい?」
言われてテレナが受け取ったものを見ると、統合王国語と聖語で書かれた文があった。
「なにこれ」
シェプルスキアが覗き込むようにして言う。
「私の思う人に届かないのであれば、いっそ焼かれてくれ……とあるわね」
「は?」
シェプルスキアはテレナの言葉がわからず、声を出してしまった。テレナは表情を変えずに封をされた手紙をひっくり返す。
「大切なイルデネへ……」
読み上げるシェプルスキアに、テレナは笑い出した。
「どうせ中身は実務的な内容よ、他の人に見られても少しでも読まれる可能性を減らそうということね」
そう言いながら、テレナは蝋を注意深く剥がしていく。事前に共有されていた折り方とも一致。精巧に作られた紙細工のような封は、刃物で切って外すような形でないならばもっと面倒なことになるように作られている。
広げられた紙には、小さく几帳面な文字で色々な事が書かれていた。ただ、少し読んで明らかに内容が変であることにテレナは気がつく。
「シェプ、読んでみなさい。笑えるわよ?」
「笑えるって……」
そう言って手紙を受け取ったシェプルスキアは、なんとか目を通していった。微妙な調子は掴めなかったが、その文面がかなり親密な相手に送るときのものであることはわかった。
「……どういうこと?」
「この手紙の検閲を前提に組んでいるのよ。隙間を読むにはそれなりの知識が必要で、多分色々仕込みもしてある。そのあたりは一般論を少し話したことがあるから」
テレナにとって、アニドと共有した暗号術の情報はなかなか面白いものだった。統合王国の宮廷では、しばしば重要な手紙がやり取りされる。明確に数字と文字の羅列のような秘密を隠していますよという場合もあれば、地方から送られる手紙の中にたった一つの単語があるかどうかというものまで。
今回の通信は、それを複雑に組み込んでいる。大半の意味はそのまま、しかし比喩と二人だけにわかる話を交えて書かれている。もし意味をわかる人がいるとしたらこちら側だから問題なし、というわけだ。
「……まあ、考えすぎだったみたいだけれども」
封印は解かれず、問題なく手紙が届いたということはそこまで本気で規制がされていないということなのだろう。あるいは、フュルシーアの助けか。
そんな事を考えながら、テレナは手紙を何回か読み直す。その度に引っかかっている微妙な言葉がでてくるのだ。
学院の普通の生活を書いているように見えるが、冬の学院にはそんなものはない。居残った学生の不和は、統合王国の四派閥を暗示している。全員の友人として頼られているのは嬉しい、と書いてある部分の文字が少し太くなっていたのを見て怒りでも込めたかな、とテレナは微笑んだ。
しかし、状況はあまり良くなさそうだ。四人の学生は本心では仲良くしたいらしいが、他の生徒の前ではどうしても譲れないものがあるという。二人だけを呼んで話をさせてなんとか仲を取り持つことはできたけど、それもすぐ忘れ去られてしまうそうだ。
「……なるほど」
この内容を完全に理解できるのは、テレナだけだろう。シェプルスキアでさえ難しい。微妙な言葉使い、時折混ぜられる聖語の知識、あるいは統合王国流の婉曲な言い回し。テレナがそれらをどれぐらい操れるかを知っているアニドならではの文章だった。
「まったく、あいつも暇人ね」
少なくとも、楽観視できない状況であるのは間違いなかった。署名のところにある日付を見るに、普通の郵便として運ばれるための日数よりも早い。
「で、テレナ。この本がそう?」
シェプルスキアは既にめくって、内容に目を通していた。
「みたいね。よくまあこれだけ短時間で形にしたわよね」
テレナはこれを何人かに読んでもらうつもりだった。もちろん、それは今となってはどうしても力不足の点が多く見えてしまうものだ。正直に言えば、恥ずかしいという気持ちは大きい。
けれどもここで過去の、あるいは今の自分の力不足を隠そうとして得られるものはほとんどなかった。その程度の矜持のためにテレナは自分の故郷と婚約者を戦争に巻き込むような意地を持っていなかった、とも言う。