角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 6

大学の図書館の利用は、原則として職員と学生以外には許可されない。当然のことだ。本を扱うためには最低限の知識が必要となる。

 

ただ、もちろん例外はある。大抵の場合は学長の一存でどうにでもなるものだったし、少なくない卒業生や研究者がティロの大学の図書館を頼みにしていた。

 

そしてまた、今日も受付の老人は新しい来館を受け付ける。

 

「必要な書類が揃っているかどうか、確認していただけますか?」

 

そう言った来館者が出す書類を老人は見る。西の教育機関である学院の教授からの推薦状。教授二名の署名の入った申請状。そして個人の身分を示す伯爵家の紋章が入った同君地域内の広域通行許可証。

 

もちろん、それは十分なものであった。基本的にティロの大学の図書館は他の地域に比べれば公開性が高い。それはしばしば旅をしてまで訪れる研究者を歓迎するという意図もあったし、当時の角灯主義の流れをくんだ大学の方針変化の一つでもあった。

 

「もし足りないものがあったら、仰ってください」

 

柔らかい女性の声。まだ令嬢と呼ぶべき若さ。しかし出されたものは、十分に彼女の立場を示すものだった。

 

「……いえ、十分です。ここにあるように、閲覧期間は半月でよろしいですね?」

 

「ええ。貸出はなし」

 

「……よろしい。書類の作成に時間が暫く掛かるので、お待ち下さい」

 

「ありがとうございます」

 

そう言いながら、老人は大学の図書館の印章を用意していた。女性が図書館に来ることは珍しいが、ないわけではない。しかしその若さと学外者ということは、なかなかないものであった。とはいえ一応は同君地域の人物であるから、ハッヘンヴルト家の下にいる者同士として感ずることろがないわけではなかった。

 

そういう作業をする老人を見ながら、テレナは少し下がって椅子に座り、深く息を吐いていた。もちろん書類に不備はないはずだった。できるだけの確認を重ね、今まで使っていなかったものを二つも使ったのだ。一つは学院教授のヨルワから受け取っていたもの。もう一つは伯爵令嬢としての地位を証明するもの。

 

もちろん、それでも一存でひっくり返される可能性はあった。それらはあくまで申請に必要な書類というだけで、これを出せば受け付けられるというものではないのだ。利用規則の隅にある例外を持ち出されては、ティロにいられる期間の短いテレナには対応できるものではなかった。

 

地位と、背景と、人脈。そのどれか一つでも欠けていれば、あるいは担当者に知的な誠意があるという期待に頼らなければここ数日の動きが無駄になる可能性は十分にあった。

 

とはいえ期待通りに書類の手続きは進み、テレナは一冊の本の貸出を待つ。今まで学んできたことと、これから重要になることを頭の中で回しながらテレナは呼ばれるのを待っていた。

 

統合王国は、終わりが近い。

 

議場学で用いられる財政指標がある。単純に言えば、どれだけ金が入り、どれだけ出ていくかというものだ。それに基づけば、統合王国はかなりひどい状態であった。

 

もちろん、単純に国庫が空になったところですぐさま破綻が起こるわけではない。むしろ、ある場合には国庫の額を帳面上は負にしてまで資金を動かすことが重要とされる例もあった。

 

これは銀行に金を借りて事業を起こすのと似ている。領地を担保とする以上、失敗した時に失う爵位を気にしなければ、ある程度の資金運用は可能なのだ。ただ、一定以上大きい国家であると更に問題が起こる。

 

国内に金山か銀山があり、十分な造幣能力のある地域が陥りやすい問題の一つは、価値乖離と呼ばれる現象にある。あくまで学説の一つであり、片手で数えられるほどの事例をもとにしているという弱点はあったが、テレナはこの理論を悪くないと思っていた。

 

信用を担保としての行動は、証文上の数字とそれがもたらす物品を乖離させるというのだ。かつて教主国が新大陸から持ち込んだ銀によって起きた大規模な価格上昇を、この理論では二種類の価値、すなわち証文価値と物品価値の分離によって考察している。

 

そして一度それが起こると、落ち着けるのは難しい。テレナが読んだ中にあったのはたった一件のみが、その事態収拾に辛うじて成功していた。それ以外は、文字通り破産していたのだ。国家支出の抑制と、既存通貨とは独立した形での貿易の開始。そして適切に税率を管理することで流通する金の量を減らし、品物の価格を下げるという荒業。

 

最後のものについては、テレナは正直納得がいかなかった。確かに買う側の手持ちの金がなくなれば売る金額を安くせざるを得ないだろうが、とはいえ売る側の財布も軽い状態なのだ。この均衡がどのように変化するのかについてはうまくやれば数学の面倒な問題にできるのかもしれないという勘はあったが、それを実現したところで実用に足るとは思えなかった。

 

「テレナ・ノイーズ・イルデネ嬢、本が用意できました」

 

そんな事を考えていると、老人が書庫から本を持ち出していた。

 

「ありがとうございます」

 

「おわかりだと思いますが、持ち出しは禁止です」

 

「もちろんです。あなたの業への献身に感謝を」

 

そう言ってテレナは本を受け取る。装丁は丁寧とは言えず、挟まれている紙も上質のものではない。とはいえ、学生が作ったものとしては悪くないと言えた。

 

十三年前にあったという講義の記録だった。まだ議場学というものがきちんと成立していなかった時代に、ならひとまず事例を集めようということで片端から失敗した領地経営の事例を集めた講義を行ったときのものだ。

 

成功例はどれも似たものばかりだった。領主がきちんと問題を把握し、部下を管理し、財政的問題に立ち向かうことを宣言し、不正を取締り、税を調整し、恨みを買い、外交と戦争を操る。それを全てこなした例はよく記録されるのであるが、そうでない例の記録は相対的に少なかった。

 

もちろん、個別にまとめられているものはあった。ただ、テレナにはそこまで時間があるわけでもないのだ。たとえ素早く本を読めるからと言って、どこに何があるかの検討もつかないようなものに時間をかけるのは難しかった。

 

だからこそ、この講義の記録に当たることにしたのだった。当時の教授は既に亡くなっていたが、その時の教え子の何人かは今では議場学におけるそれなりに重要な専門家になっているそうだ。記録についてはその教授が雇った書記のものが大学の図書館にあると聞き、そして少し無茶な交渉までしてテレナはこの本を手に取っていた。

 

表紙をめくる。聖語が並んでいたが、ここしばらくそういった本ばかり読み続けていたテレナにはもう慣れたものだった。

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