角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 7

抗議派の誕生と並行して起こった大規模な農民抗議。統合王国の国王暗殺。大宗派戦争の時期にあった共和王冠国内部の騎兵反乱。あるいは、総権国における前総権者の不可解な死。

 

領主が配下に、あるいは民に殺されることは稀ではあるが存在しないわけではない。そしてそこまでとは言わなくとも、混乱と虐殺と呼ぶべきものが起こった例はある。

 

それは為政者や対向者によるものだけではない。隙を見せれば、隣国が侵攻していくる。そうして失敗を見ていけば、極端な破滅もある程度の類似性を持っていることがテレナにも感じられた。

 

統合王国は、今の時点ではそこまでではない。しかし、いくつか条件が揃えばそうなりかねない。そして、そうなった時の事態の終わらせ方は大抵は同じ程度の血を必要とするのだった。報復は成されなければならない。それが連鎖しようとも、しないまま消えゆくよりは必要なのだ。

 

「……しかし、なんとも気の滅入る講義ですね」

 

そこまでではない例もしばしばあったが、それでも大抵結末までにどこかで血が流れるのであった。それは決して野蛮な地域や時代だからというわけではない。人間の本質は角灯を持とうが変わりはしないのだ。

 

ただ、学びは多かった。統合王国が終わるならどのように終わるか、あるいはその時に近隣勢力がどう動くかを、テレナは具体例とともにある程度見ることができるようになった。ただ、それは未来を見ることができることを意味しない。

 

頭の中に陣棋(シャセ)の盤面を置く。ただ、これは単なる同じ色の駒同士の潰しあいではない。統合王国の混乱だけであればまだいい。内部の政治問題でさえ、先王の粛清のような形で行われるならいいだろう。

 

共和制が本当に成立してしまうか、あるいはその過程で貴族制度を廃止するか。そのような運動が起これば、それはハッヘンヴルト家がなんとか今の立場を保っている理由を傷つけることになる。もはやだれも貴族の絶対性だの臣従関係の神聖性だのを信じている時代ではないが、それは裏返せば必要な場所ではそういう振る舞いをすることが求められているとも言えた。

 

混乱する隣国への侵攻は、一般的な手だ。テレナも機会があれば夫にそれを進言するだろう。もちろん、それで得られるものがあるかどうかは必ずしも問題ではない。隙を見せたら我々は容赦しないのだという立場を見せなければならないという情勢が、それを強いるのだ。

 

戦争を好み、軍に無為な支出をして財政を傾かせる愚かな領主の話はある。中には本当に愚かで現実を見れていない人もいるのだろう。しかしそのような人物であっても領主がいなければ領地というのはまとまらないのだ。さもなければ、面倒な議会と官僚と法と記録が必要になる。それは当地範囲の規模が大きければ大きくなるほど拡大していくのだし、一定以上の範囲の国家に王がいるのはある種の必然ですらあった。

 

多くの人は、忠誠を捧げる先を明確には持たない。テレナでさえ、ハッヘンヴルト家に対する忠誠はない。ハッヘンヴルト家と学院派であれば、テレナは学院派を選ぶだろう。もちろん、短刀を向けられていれば話は別だが。

 

「……熱狂に、魅せられる」

 

大宗派戦争。各地の反乱。そこで見られるかつて農民だった、あるいは都市民だった人々の成したことは、まさに狂気であった。シェプルスキアを見ていれば騎兵反乱のほうが、わざと惨事を見せつけているのだと理解はできた。

 

復讐心。あるいはここで残忍さを見せなければ舐められるという脅威。それらが絡み合い、問題を大きくする。では止めることができるかと言われれば、無理としか言いようがなかった。

 

ただ、ある意味で彼らは信じられるものを、あるいは信じなければやっていけないものを手にできたのだ。こうすればいいと信じられるものが、そこにはあった。

 

講義の記録を読みながら、テレナは手元の紙に記録を取っていく。それでもなお、どうにかして和解できた例はないのだろうか。適度な譲歩を双方がしうる可能性はないか。

 

領主の退位。教会による仲介。税の調整。近隣領主の介入。軍による反乱の強制解散。粛清。まともなものかと思った場合であっても、反乱者の首が晒されるのは避けられなかった。

 

統合王国の崩壊は内部によるものか、あるいは貴族や上流階級の外側にある市民とやらによるものか。どちらも可能性は十分にある。そして今の時点で、それを止める正解は存在してしまっている。

 

民主制。ああ、響きだけであればなんといいものだろう。その空っぽの思想には、何でも詰めることができるのだ。

 

古典の時代、都市国家のあり方を論じた対話篇がある。原文ではないが、テレナも読んだことはある。あれでは民主制は弱きものの体制だとされていたな、と思い出していた。

 

そこには自由がある。民を縛るものは何も無い。ゆえに、堕落がそこに入り込む。とはいえそういった堕落だの退廃だのは既に冷海同盟に溢れてしたし、なんなら主要な輸出品ですらあった。

 

あれはある意味では、統合王国の先の先を行ったものだ。血によらず、力によって成り上がったものが多くを支配する。かつての哲学者が冷海同盟を見れば、その悲惨さに毒杯を呷りたくもなるだろう。

 

もちろん、そこには多くの問題がある。しかし明確な法とそれを担保する金と武力があった。貴族的権威でさえ、死に絶えたわけではない。

 

「……統合王国の行く末は、北側世界の政治体制の混合物ですか」

 

王を残すかどうか。貴族の特権を保証するかどうか。それは結局のところ、大きな問題ではない。今の王室を中心とした制度をまともに立て直す事を考えるのであれば、形はどうあれ必要なものはいくつかあった。

 

法。専門家。独立した組織。共和王冠国はそれらをある程度有しているが、完全であるとは言えない。司法議会と地方民会の復活はしないといけないが、それをすることは統合王国の統合性の毀損だ。ルメン七世の否定だ。

 

「……どっちにしろ、ハッヘンヴルトが動く」

 

弱みを見せれば、微妙な境界地域を狙って同君地域の全体が動く。全面衝突となりうるかはわからないが、崩壊した国家にそうならないように取り計らえる理性が残っていると考えるほどテレナは楽観的ではなかった。

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