建物の詰まるティロの街で、広義や会合の場所を提供できるというのはある種の実力の証明である。
「……フェバー教授?」
「なんだいテレナ嬢」
椅子に座る人々が自己紹介をした後で、前に立つことになったテレナは前の方にいるフェバーに声をかける。
「私は大学のやり方に詳しくないのですが、いわゆる博士試験みたいな形になっていませんか?」
「いやいやまさか、あくまで親切な教授が持っている講堂を貸してくださっただけで、たまたま議場学の関係者がティロに集まっているだけだよ」
フェバーの言うことは嘘ではなかった。テレナの来る前から定期的な会合という形で近場から議場学の関係者が一同に会することは行われていたし、それとテレナの来訪が重なったのは偶然だった。
その会合の参加者に学院から来た女性が統合王国についてなかなかおもしろい話をするらしいぞ、と言ったのはフェバー自身であったが、それは息子の面倒を見てくれる先輩としての彼女へのちょっとしたお礼であり、同時に今の議場学が抱える閉塞感をどうにかできるかもしれないという期待からのものでもあった。
「……というわけで、『墜ちる灯火』の受容について話していきますね」
テレナが過去の文献を漁っている間に、既に
しかし統合王国では既に禁止されている以上は許可も何もなし、冷海同盟におけるこの種の権利はかなりしっかりとした申請が必要、同君地域ではこの種の権利が認められるかどうかすら地域によって異なるという惨状であった。そのような状態では、著者の名誉と報酬を守るなどという理念が通用することはなかった。
ともかく、議論する内容は今までずっとテレナが考えていたことだ。議場学的には、語るべきものはそこまで多くない。
「……ところで、実際にその市民によってどうやって代議士を選ぶつもりなんだ?」
テレナの話がひとまず終わったところで、手が挙がった。
「書いてないですね」
「……テレナ嬢は、どうするのがいいと考える?」
「私、この本について否定的なのですけれども……」
明らかにこの人物は自分の知的好奇心を満たすために質問をしているな、とテレナは考えた。それは悪いことではないし、確かにいい着眼点だが、それを考える義理が自分のどこにあるのかを一瞬テレナは考えて首を振った。
「まずは既存の制度を確認するべきでしょう。統合王国の人口を考えれば、投票者は……数百万人になるでしょう。それだけの数の票を短期間にまとめるというのは、間違いなく巨大な計画です。おそらく最初の投票はもっと人数を絞った形になるでしょう」
「それはここで語られる理念に反さないかね?」
「理念に沿ってやるなら、まずは実例を研究するべきでしょう。彼らはしていませんが……ええと、確か市長選挙を投票でやっている例がありましたよね、あれはどうです?」
そう言って、テレナは出席者の一人を見た。彼はたしかそういう分野の専門家で、都市議会のあり方について色々と論じているはずだった。
「まずは都市民名簿が必要になる。一人が二回投票するのはままあることだ。それと票を確認する作業に従事する信頼できる第三者か監視。普通に考えれば、教会あたりがそれを担うとなりそうだが……統合王国において、教会は聖座とのつながりが弱いのだろう?」
確認されて、テレナは頷いた。
「ええ、フェルヴァジュ管区を監督する大監僧は形式上は王によって任命されます。とはいえ聖座は色々とやって建前上は聖座側の任命という形に将来的にはしていきたいそうですが、実際にどうなるかは今の大監僧が辞めてからになるかと」
「そうすると、信頼が足りないな。王室自体も今は相当嫌われているのだろう?」
「嫌われている……かどうかは難しいですが、信頼はされないでしょうし、不正が起こるとは思います」
「うーむ、まあ市民が権限を握れば最初の一回ぐらいは信頼されるんじゃないでしょうか?」
そう言ったのはまた別の議場学者だった。
「そういうもんかね」
「大抵はそこでどうにもならなくなるんですけどね、反乱とかで新しくついた領主がよくあるやらかしはそれまで領地の維持に貢献していた人々を排除することです」
「そうなったらまともな税収管理すらできんよ、実際の畑を歩いて見ずに決めた税の量がちょうどいいことなんてないわけだしな」
「安ければ請負人に侮られるし、高ければそもそも払えないということか」
「無理に取り立てるのが最悪ですね、それで屋敷まで売ったにもかかわらず裏切り者呼ばわりされる請負人の話は珍しくない」
そういう議論があり、笑い声がして、溜息が流れた。誰もが請負人の生む問題を知っていた。では領主が直接税を取り立てることができるかと言われれば、彼らは全員自信を持って首を横に振ることができた。
もしそれを成し遂げるならば、完全に雇われの請負人のようなものを作るしかない。例がないわけではなかったが、市民から向けられる侮蔑と恨みの視線に耐えるための報酬を考えれば今の方法が一番安上がりになってしまうのも仕方がなかった。
「ああそうか、市民が権力を握ったら下手したら貴族より先に請負人が木に吊るされますね……」
そう呟いたテレナは請負人が相当苦労していることを知っていた。もちろん、過剰に取り立てて過小に納めるよな人がいないわけではない。ただ、そのような人物であっても、当人としては真面目なのだ。それに、少なくない角灯主義者が請負人としても働いている。社会についての知識を持って計算ができればできる仕事であったからだ。
テレナの家庭教師はそれこそが貴族の手先、知識に溺れた角灯主義者の欺瞞であるなどと言っていたが、それを当の貴族本人の前で言う意味を彼はわかっていなかった。テレナは生まれついての貴族であると自らを決めていた。そのように振る舞うことを求められていたし、それに応えようとしていた。昔は自由に憧れたこともあったが、その憧れのために嫁ぎ先で起こる問題を考えられるようになってからは自らの居場所に甘んじることを決めたのだ。
そのようなテレナにとって、取り立ての請負人は安易に語ることのできない存在だった。彼らは本来領主が貴族として担うべきものを金で押し付けられていると言ってもいい。人間は環境によって歪むというのがテレナの家庭教師の言い分だったが、それについてはテレナもある程度同意するものだった。