角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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知見の深みは暗闇を示す 9

「なるほどなるほど」

 

椅子に座り、目を閉じ、話に耳を傾けていたシェプルスキアが頷いて言う。

 

「そういうわけでお嬢、ティロはイウェラ連隊では落とせません」

 

「うん、それは大収穫だよね。少なくとも、あたしたちは馬を捨てることを長期的に見れば考えなくちゃいけない」

 

シェプルスキアは、様々な話を直感的に組み合わせていた。道の整備。要塞の配置。足で測った距離。倉庫に積み上げられた食料。それらはイウェラ連隊の精鋭たちによって、そうとは悟られずに調べられていた。

 

シェプルスキアの方も、それを補足する資料を集めていた。戦記、戦術書、建築学や築城学といった専門分野。それらはテレナを通せば知ることができたし、学院の乙女であれば教養として必要なのだろうなと思う人も少なくなかった。彼らはイヴェリャン団の名前を知っていても、あるいは女傑イプルカを噂として聞いたことがあっても、シェプルスキアという学生については知らなかったのだ。

 

ただ、そこから得られた結論はあまり嬉しいものではなかった。要塞の攻略はある程度確立された手法となっていた。丁寧に塹壕を掘り、計画的に砲を放ち、じわりじわりと進んでいく。そこには突撃する騎兵よりも、計算ができる工兵、忍耐を知る砲兵、そして自律的に動ける歩兵たちが求められる場所だった。

 

「……嫌なものですな」

 

騎兵としての経験が長い一人が言う。彼らにとって、馬とともに駆けることは傭兵である以前の生き方であった。それを捨てねば、領主のためになる軍となれないとしても、そこには葛藤があった。

 

「野戦なら強いけど、もう要塞でなければ攻略できないわけでしょ?なら、いかに要塞を素早く作るかを考えたほうがいい。人間の力より馬の力は強いんだから、そこを活用できたらいいんだけどね……」

 

シェプルスキアの語るように、要塞の攻略はその周囲に要塞を作るような工程が必要となっていた。一般的には三倍、理想的には五倍の兵を城を落とすためには求められる。それは直接攻撃をする以上に、多くの作業が必要とされるからだった。

 

「混ぜる馬の血を軍馬からではななく農耕馬に切り替えますか?」

 

兵の一人がシェプルスキアに言う。既にツィノドの地にはあちこちから馬が集められていた。それはあくまで個人ができる範囲ではあったが、旅の途中で見つけた良い馬を買ってきた者たちに参謀天幕はきちんと経費を支払っていた。

 

「そこまでじゃなくてもいいけど、そういう馬にも目を向けるようにしてほしい。伝令、警備、そして畏怖を与えるための馬も必要だから」

 

シェプルスキアは学院で先端的な様々な知識を学んでいた。そして、馬の持つ要素を代替しうるものがないことを知っていた。

 

力の点では、沸騰機関は可能性があるかもしれない。あれは川がなくても動力を生み出せる。とはいえ、それに車を牽かせようとすればまずは鋼鉄の塊と大量の燃料を乗せるための頑丈な台車が必要になることはわかっていた。

 

しかし、それ以外は無理そうだった。馬よりも早く何かを伝えようとすれば、よく訓練された鳩か、望遠鏡と狼煙を使うぐらいしかない。人間がどのような鎧と武器を持とうとも、馬のいななきと挙げられた前脚に勝るものはない。ただ、それは攻囲戦では、あるいは籠城戦では通用しないと言うだけなのだ。

 

「しかし、国家の軍というのは大変ですな。断ることができない」

 

「こっちから吹っ掛ける分には相手を選べるんだけどね、吹っ掛けられた時はどうしようもない。その上あたしたちは場所が場所だ、一応の義理は果たさないといけないしね」

 

シェプルスキアは自分が就いた領主という職について知れば知るほど、その面倒さに潰されそうになっていた。もちろん、全てを一人でやっているわけではないことは知っている。それでも、シェプルスキアは知りたがりだった。

 

「……もしお嬢が死んで、どうしようもなくなったら参謀天幕は裏切りを選びますぜ」

 

「それは任せるよ、もし事前にあたしがやらなきゃいけない準備があるなら言って」

 

東方における領主のあり方をシェプルスキアは知っている。それは傭兵のような信頼のないものではない。土地と民という担保を持つ以上、どの陣営につくかを選べてしまうのだ。もちろんそれを繰り返せば信頼はなくなっていくが、逆に言えば数十年に一度であれば使える切り札ということでもある。それを名誉のために選ばないことはあっても、最初から選択肢に入れないことはシェプルスキアのやり方ではなかった。

 

「しかし、まったく恐ろしいことですな」

 

「何が?」

 

シェプルスキアは兵の一人に言う。

 

「お嬢が学院に行かなかったら、テレナ嬢がお嬢に必要なものを身に着けさせてくれなかったら、俺らは今の状態を見ることもできなかったわけだろ?」

 

「まあそうだけど、それでも優秀なツィノドの兵なら多少時間がかかってもやっていたと思うよ」

 

「……そうですな」

 

シェプルスキアの使った言葉の意味を、兵たちは少し遅れて理解した。イヴェリャン団でも、イウェラ連隊でもない。ツィノドという土地に、彼らはもう縛られていた。

 

「とはいえいくら良い計画を立ててもそれを実行できなきゃ意味がないからね、金と人をちゃんと領地から手に入れるのは進められそう?」

 

「あと二年あれば……ってところですな。若い馬が子を生むぐらいになれば、最低限の様子は確認できるでしょう」

 

「じゃあ、それまでにツィノドの地をある程度確認しておくことを目指そうか。もちろん完璧は目指さなくていい。税も舐められない程度に取れればいい」

 

「いいんですかい?そのあたりの調子は現場をよく見ている奴らでも難しいものですが」

 

「仕方ないよ、できないならできないようにするしかない。確かどっかの委員会が資金援助をしてくれたよね?」

 

「農畜開拓委員会からそこそこ来てますな、直接の税収のある程度の免除と穀物の流通保証をしてくれています」

 

「やーっぱ共和王冠国ってそのあたりすごいよね、傭兵時代だったら隣村から借りてくるかとかになってるよ」

 

シェプルスキアの冗談に兵たちは笑っていた。事実、彼らはかつて敵の傭兵団に対してそのような行為を働いたことがある。そしてそれは成功し、同時に敵の有力な糧食集積地帯を手中に収めることができたのであった。

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