角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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風説に隠れて情報は潜む 5

今まで素早く打っていたテアリアの手が止まり、彼女は盤面をじっと見た。

 

どの駒が狙われているか。あるいはどの駒が狙えそうか。テアリアの打ち筋は、祖母に言わせればわかりやすい。素直すぎるまであるという。しかしながらその素直さでまっすぐに詰めた場合、生半可な打ち手では勝つことはできないほどのものだった。

 

それは学院の学生として随一の視点を持つテレナと、学院の学生として随一の実践経験を持つシェプルスキアを相手にしても変わりはない。一日も触っていない初心者に負けるほど、テアリアの実力は低くはないのだ。

 

それでも、何も考えずに感覚だけで打てるほどの相手ではないとテアリアは認識を切り替えた。落ち着いて確認した盤面はテアリア有利で推移しているが、相手はそれを突破しようと試みている。

 

「……悪くない手です。しかし」

 

テアリアの手は、二人の反応を見るに明らかに想定外のものだった。かつてテアリアが何度も祖母に打たれた、意識の外に行きやすい手である。

 

「シェプ、この駒をこっち方向に動かしたら?」

 

「そうすると囲まれやすい、多分これを動かしたほうが」

 

「それなら次にはどちらかの白駒を取れる、か」

 

少し難しい二手取りをシェプルスキアとテレナは仕掛けたが、そうして生まれる盤面はテアリアにとって別に不利というわけでもなかった。むしろ、相手が組んでいた防備が崩れたところに自軍の白い駒をねじ込むこともできた。少し危険な手であったが、その賭けをするだけの価値はあった。

 

テレナとシェプルスキアが苦労して打った手たちは、テアリアの一手でひっくり返される。盤面を覚えていたテレナは、何手か前にテアリアが打っていた手が今になって影響力を与えていることに気がついていた。

 

「……テアリアさんは、あまり友達がいませんよね」

 

テレナの言葉に、隣で聞いていたシェプルスキアの手が少し驚きとともに跳ねた。

 

「盤外戦?」

 

「いえ、ここまで先を読めるあなたが、なぜ以前、シェプルスキアにあのようなことを言ったのかが気になりまして」

 

盤を挟んだテアリアを見ながら、テレナは相手の評価を高く修正していった。テレナが持っている視点を高くする技法は、かつて家庭教師と何度となくやった陣棋(シャセ)から得たものだった。それと似たようなことを、テアリアができるだろうとテレナには考えられた。

 

今できていない理由が発想や経験の不足なのか、あるいはもっと他の根本的な原因があるのかはわからなかったが、派閥に属している人から情報を得るためにはその派閥との距離を適切に置かなければならないことをテレナは理解していた。

 

「……わからない、ですわ。でも、私はファーネスタ様をお助けするようにと言われていました。だから、あの時もシェプルスキアさんを貶めることが……ファーネスタ様の助けになる、と考えてしまったのです」

 

シェプルスキアはその感情を理解することができた。会議で敵を貶めるような発言をすることがあるが、それによって味方の団結を生むことができる場合がある。一方で、そのようにして敵を侮った結果傲慢と油断が部隊にはびこることもある。全ては程度の問題であるが、シェプルスキアは基本的に相手を警戒するようなやり方が好きだった。

 

テアリアの例はそのような暴走のひとつなのだろう、とシェプルスキアは自分の中で納得していた。それを責めるつもりにはなれないが、指摘はしておかないといけないなというのがシェプルスキアの立ち位置だった。

 

ただ、テレナの狙いは別のところにあった。

 

「……でも、ファーネスタさんはあなたを助けてくれましたか?」

 

「……私の家はテワドレーム公爵の、ファーネスタ様のお父上の支援なしには立ち行きません。たとえファーネスタ様が助けてくれなくとも、私は、私の家はテワドレーム公爵に忠誠を誓うのです」

 

素晴らしい主従関係だ、とテレナは気分が悪くなっていた。もちろん、テレナも貴族に名を連ねる淑女だ。テレナが同君地域において上に王のない独立性の高い地域の伯爵の娘として育つことができたのは幸運に過ぎないし、同君地域とはまた異なった統合王国内部の貴族制度の問題や特徴について完全に理解しているわけではない。

 

そのような中でも、相手の逃げ道を自身にとってははした金で、相手にとっては大金で奪おうとするやり方はテレナが好きなものではなかった。ただ、そうしなければ信頼できる味方陣営を作り出すことができない策謀の中で取るしかない手法であろうこともテレナは理解できていた。

 

「……あなたが気をつけるべきは、ファーネスタさんや彼女の父のテワドレーム公爵ではなく、あなた自身の身とあなたのお父上です。あなたのお父上はあなたを生贄にしたのではなく、あなたの幸福と可能性を願って学院に送り出されたのではないのですか?」

 

「……そうかも、しれません」

 

「ですから、あなたはファーネスタ閥の取り巻きの一人ではなく、自分の目でものを見なければならないのではないですか?」

 

「なんとなくで他人を侮辱するのではなく、きちんと批判として反論を受けないようにして、ファーネスタ様との関係も考えて……」

 

テレナは考え込むテアリアを見て、少しだけ微笑んでいた。たとえテアリアが自分と同じような視線を持とうとも、テレナは構わなかった。

 

派閥の長がなにか言わなければ絶対に口を開かない学生と、自分で考え、自分の価値観を持つ学生であれば、後者は交渉と取引の余地があるし、情報を得ることのできる可能性が生まれる。

 

テレナはテアリアを婚約破棄に直接関わる三人のうち一人を近くで見ることのできる人物として見ていた。そして、ただの取り巻きを超えて重要な情報源となりうると判断を変えていた。

 

「……まるで、追棋(アファト)みたいですね」

 

「その感覚を忘れないで、定期的に思い出してみるといいよ。相手には相手の思うところがあって、自分とは違う考えで動くから」

 

「……わかった、やってみる」

 

気がつき始めたようなテアリアの表情を見るテレナに、シェプルスキアは背筋が冷えたような気がした。自分を謝罪とともに卓上遊戯に誘ってくれた同級生を、テレナが情報を搾り取る対象として分析しているというのは、シェプルスキアにとって理解できないものではなかったし、それがテレナにとって必要なことであることは理解したが、それでもシェプルスキアの性格には合わなかった。

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