角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む
郷関に止まり旅路を歩む 1


雪は溶けつつあったが、まだ道は朝には凍り、昼には泥濘となるような状態だった。

 

「大丈夫かい?この時期に移動だなんて」

 

荷物をまとめている二人に、フェバーは言う。

 

「ええ。領主としてはこの時期の旅も知っておきたいので」

 

テレナはそう言って、持ち帰るべき紙束をまとめていた。南方街の繋がりを使うより、自分で持ち帰ったほうが確実な代物だった。

 

「勉強熱心なのはいいことだと思うけれども、無理はしないようにね。特に足は冷やさないように」

 

「防水はちゃんとするから大丈夫。いい脂とか蝋も売ってるお店見つけたからね」

 

シェプルスキアが返す。イヴェリャン団の時代から、靴に染み込む水は大きな問題だった。様々な撥水性の物質が試され、あるいは他所の軍の秘密を盗み、それなりの物ができるようになっていた。とはいえ靴は最低二足、亜麻布か羊毛の丈夫な靴下を三組は持つようにという指示が参謀天幕から出ていた。

 

ただ、これはかなり稀な例だとシェプルスキアは知っていた。もし完全に指揮官と兵士が切り分けられていたら、こういった声が届かないこともでてくるだろう。そして、もしそういう問題が一つでもあれば指揮は大きく下がり、無理な突撃が必要な時に兵が耐えられなくなるのだ。

 

いろいろな地域の軍の具体的な話を聞いていくたび、シェプルスキアは自分が生まれ育ったイヴェリャン団がかなり特異な組織だと理解していた。そしてそれを拡大するのがどれだけ難しいかも、制度の側面からある程度わかるようになってきていた。

 

ただ、それは進めなければならなかった。要塞を落とすには多くの兵が必要だということは、逆に言えば防衛に徹すればかなりの数の差を覆せるということだ。野戦を避け、相手を撹乱する騎兵と重要地点に敵を通さない砲兵、そしてそれらを支える歩兵と工兵。

 

綿密な連携と、確実な腕前が必要だった。本来は戦場で生まれ育たなければ手に入らないそれを、共和王冠国の知識と制度で補おうとする計画は、難しいのは間違いなかったがシェプルスキアにとって取り組む価値のある問題だった。

 

「ならいいんだが……」

 

フェバーからすれば、二人の行動はあまり納得できるものではなかった。しかしシェプルスキアはそれをするだけの意味があると判断していたし、テレナはあまり学院までの移動時間を駆けるわけには行かなかった。できればまだ冬の学院が終わらないうちに、何人かに話を通しておきたかったのだ。

 

「……改めて、短い間ですが本当にお世話になりました」

 

「やめてくれよテレナ嬢、僕だって息子の友人をもてなせて楽しかったし、学院の話はとてもおもしろかった」

 

「そう言っていただけて何よりです」

 

「……それと、お忍びの貴族を匿うというのは一度やってみたくてね」

 

そう言うフェバーに、テレナは頷いた。テレナもかつては家庭教師とともにいろいろな場所を回ったが、テレナの正体を理解した人物は少なくなかった。ただ、そこには微妙な緊張があった。

 

貴族のやり方に精通している場合、逆に気を使わせている素振りを見せないことを選ぶこともあった。貴族は血によって決まるかもしれないが、行動によって示されるのだ。すなわち行動なき貴族とは貴族に値しない、という考えも当然存在する。

 

そうすると、髪を切っている令嬢であったとしても、せいぜいいいところのお坊ちゃん以上に扱わないことが礼儀となったりするのである。このあたりは実に難しく、テレナの家庭教師であったウィルトールも相当苦心したものであった。逃げるように村を去ったことすら、ないわけではない。

 

まずウィルトールからして領主である伯爵の代理人として各地を巡っているのである。それは確かに大きな助けとなったが、ウィルトールの嫌うもてなしを受けることもあった。ただ、その中で彼の素直さ、あるいはテレナに言わせれば頑固さが多くのものを産んだのも間違いなかった。

 

そのような中で、少なくない市民が貴族を尊敬していることをテレナは理解していた。それに驕ることはなかったが、相互に益のある関係でいたいと思うような人々は何人もいた。

 

「まあ、私はあくまで令嬢であって本当の貴族はあちらなのですが」

 

そう言ってテレナは鞄に服を詰め込むシェプルスキアを見る。丁寧に畳まれた布であったが、それでも量のためにどうしても苦労があった。

 

「僕も色々と付き合いがあるからさ、領主や軍人の知り合いは少なくないと思うんだ」

 

「ええ」

 

「……彼女は、特別だね」

 

「共和王冠国がわざわざ学院に送り込んできた人物ですもの、私も少し前まで侮っていましたが」

 

シェプルスキアが当初学院で馴染めなかったのは、純粋にその規則を知らなかったからだ。いかなる陣棋(シャセ)の名手であれ、いきなり追棋(アファト)をさせられては定石をきちんと学んだ中級者に勝つことは難しいだろう。

 

テレナはそれに気がつくのが遅れた。しかし、その遅れはなんとか取り戻せたはずだった。ティロにいる間、シェプルスキアには今の要塞についての様々な技術を学ぶ機会をテレナは意図的に提供していた。

 

学院は、城塞趾に作られた教育施設である。それは統合王国や冷海同盟との国境に近い、同君地域内に存在する。

 

すなわち、もし統合王国が部隊を押し上げ、同君地域に足を踏み込むことがあれば、学院は実に面倒な存在となるのだ。それはたとえ旧式であれ、城塞としての機能を未だ有しているのだから。

 

そして、そうなれば冷海同盟を引きずり込むことができる。都市国家の富を、騎士団領の兵を集めることができる。それは両陣営にとって無視できないものだし、講和を強いる圧力にもなりうる。

 

もちろんそれは未知の要素が多かった。必要に応じて、その場で早指しのようなことをやらされるだろう。ただ、どこにでも学院の卒業生がいた。同じ盤面を見て、同じ駒を持って、同じ規範を共有している相手とであれば、いかに全体の被害を抑え、それなりの利益の確保を、あるいは損失の最小化をすることができるのかを話し合えるのだ。

 

この点で、テレナは学院の創設者であるヴェツァーの先見性にある種の納得を持っていた。それは、あってほしいものがなかった時代に抱いた不相応な望みだったのだろう。しかしその理念は百年をかけて、なんとか形になろうとしていた。

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