角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む 2

「テレナの育ったのってどういうところなの?」

 

シェプルスキアは隣で歩くテレナに言う。

 

「うーん、本に載っているようなことと、そこで育った私の言葉と、どちらがいい?」

 

「両方」

 

「わかった」

 

テレナはそう言って、軽く目を閉じた。踏み出す度に布と靴越しのぬかるんだ地面の感覚が伝わってきていた。

 

「エルンツィンガー伯爵領。人口は一万と少し、端から端まで、長いところでも歩けば一日もかからない。場合によっては通り過ぎさられそうな、そういう場所。麦はそこそこ育つ。山から流れる水のおかげ。小さな鉛と錫の鉱山があるけど、かなり掘り尽くされている。基本的には農業と畜産が基盤ね。屋敷のある街の人口は確か二千と百ぐらい。領地には七つの教会があって、うち六つが抗議派」

 

「あれ、じゃあ普遍派もいるんだ」

 

「小さいところだけどね。あと一部の熱心な人は隣の伯爵領の普遍派の教会まで行ってる」

 

「それっていいの?」

 

「本来は咎めるべきなのだろうとは思うけど、ならそれを無理に止めてなにか得られるものがあるかと言うと難しいのよ」

 

そう言ってテレナは息を吐いた。一応は寛容という言葉は普遍派も抗議派も唱えていたし、テレナの父はその微妙な関係を維持させるぐらいのことはできていた。

 

「……いきなりさ、旅人が十人ぐらいやってきても大丈夫?」

 

「それぐらいはなんとかなるわよ、必要ならシェプは私の部屋を使えばいい。弟か妹が使っていなければだけど」

 

「いるの?」

 

「弟が一人、その下に妹。領主を継ぐのは弟だろうけれど、あまり優秀とは言えないらしい」

 

「……大変だね」

 

後継者問題について、シェプルスキアはその目で見たことがあった。彼女とて、絶対にそうなりたいと願ってイヴェリャン団を率いることになったわけではない。名乗りを上げようとして周囲から実力不足を指摘されて引きずり降ろされた人がいたし、あるいは推薦されながらも自分の能力の偏りを踏まえて参謀としていたいと願った人もいた。

 

それでもなおシェプルスキアが選ばれたのは、彼女であればその役目を果たせるだろうという周囲からの信頼があったからだ。

 

「まあ私は数年間あっちこっち巡っていたからさ、知っている人はそれなりにいるはずなんだけどそれもええと……五年前かな?その後は学院行きのために都市の方で家庭教師と学んでいたりしたから」

 

「よくその人の話を聞くけど、その人って勉強できたの?」

 

テレナが家庭教師について語る時に、少しだけ表情や声色がいつもと変わることをシェプルスキアは知っていた。それは仲違いして疎遠になったかつての戦友とでも語るのが適切なもので、きっとそう遠くない関係なのだろうとなんとなく考えていた。

 

「まあまあね、今の私と同じぐらいはできるはずよ」

 

「それはすごい」

 

「とはいえあの男は人を騙すことを得意としていたからね。まあ嘘吐きであることは私にも受け継がれたけど」

 

「テレナのやつはさ、演技じゃないの?舞台の上の」

 

「シェプルスキアはそういうの見るの?」

 

「旅の劇団とかはいたよ、あちこち巡っているんだって」

 

「いいわね、そういうの」

 

「手先も器用だったけどね、まああれぐらいは心付けってやつだよ」

 

「……なるほど」

 

そう言いながら、テレナはどことなく馴染んだ景色が近づいていた事を感じていた。山の稜線なのか、吹いてくる風なのか、あるいは建築や道路の作り方なのか。

 

「……あたしは、帰れないからさ」

 

「遠いものね。色々と」

 

「そう。だからテレナが羨ましい」

 

「……ええ、羨まれるだけのものはあるわよ」

 

両親が健在だった。長年仕える従者たちがいた。鍛えられた兵がいた。もちろん、それは伯爵領という大きさに見合ったものだ。過ぎた人材はいなかったし、だからこそウィルトールのような人物を外部から招く必要があったのだ。

 

ただ、きちんとした基盤があった。集中した投資と、余力の活用で少しだけ領地は改善した。それは領主でなければわからないものも多かった。だからこそ、テレナはそれが理解できる貴族でなければ上に立つことができないと考えるのだ。

 

「テレナはさ、なんでイウェラ連隊がテレナとあたしの旅についてきているかは理解しているよね」

 

「泥濘の行軍、要塞と宿の場所、あるいは他所の人物への警戒。それを軍がこなすというのはあまり聞いたことがないし、ちゃんと考えたこともなかったけど、それができるのよね」

 

シェプルスキアが率いるイウェラ連隊の規模は、エルンツィンガー伯爵領が持つ兵よりも遥かに多かった。その領地経営が軍を養うために特化しており、多くの兵が実際には農民として働いていることを加味してもなお、力としてはシェプルスキアのほうが間違いなく上なのだ。

 

だからこその余裕、とテレナは考えていた。人が多ければ多いほど、細かいことができるようになる。人が少なければ一人があらゆる事をする必要が出てくる。そうすれば何かを極めることなどできない。

 

エルンツィンガー伯爵領では、多くのものが輸入される。輸出されるものは、どこにでもあるようなものだ。確かに近くにある山からの景色は綺麗であるし、水は澄んでいるが、それぐらいだ。それは輸出して金にできるものではない。数少ない旅人からどれだけ金を取ろうとも、税収に比べれば微々たるものなのだ。

 

「……そこはあたしも羨んでほしいな」

 

「ええ、それだけの価値がある。屋敷の兵は、シェプルスキアに勝てるかどうかも怪しいわ」

 

「それはそこそこ強いと思うよ、あたしは基本的に不意打ちでなんとかするから」

 

「鍛えてはいるし、食べてはいるのよ。それだけ。常に戦場にいるわけでもないし、馬を毎日駆るわけでもない。砲兵は最低限で領地に一つある要塞でどうにかするのが精一杯。私が離れてからなにか変わったかもしれないけど、大きく変えられるような金銭的余裕は私のせいでないはず」

 

「テレナの?……ああ、学院か」

 

「そう。安くはないのよ」

 

テレナは決してみすぼらしい格好をしているわけでも、学生たちの中で貧しいわけでもなかった。ただ、本当の富に支えられる学生と比べれば見劣りするものだった。学院の費用は安くはないが、それでも準備してきた伯爵であれば払えなくはない額で、その学びを使うことができれば取り戻せる程度のものだった。

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