角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む 3

「おい、そこの」

 

足がつかれて荷台に座っていたテレナが目を上げると、軽装の兵士が二人。五人の傭兵と二人の淑女相手には力不足かもしれないが、それでも彼らは仕事をしていた。

 

『あー、テレナ。ごめん通訳お願いできる?』

 

『わかってるわよ』

 

統合王国語で言葉を交わすシェプルスキアとテレナに、兵士たちは訝しげな視線を向ける。テレナは荷台から立ち上がり、裾を払った。すっと立つ様子は、最低限の作法を身に着けていることを意味していた。たとえぬかるんだ道路で揺られた身体に痛みが走っていたとしても、学院で学んだ行動はすっと出てくるのであった。

 

「……なんでしょうか」

 

「どこから来た?」

 

「東から」

 

そう言ってテレナは来た方を指差す。聞かれたこと以上に答える義理もなし、と思っていたが確かに言葉が通じない可能性のある相手への対応としては妥当だな、とテレナは兵士たちの経験に納得した。

 

「何者だ?」

 

「旅人ですよ、夜には早いですが、ここらで少し留まろうと思いまして。領主の館までそろそろでしょう?」

 

「……知り合いが、ここにいるのか?」

 

「ええ。……とはいえ、こういう問答をあまり長くし続けるのも互いに不利益でし、色々面倒なことになりますからね」

 

テレナは服の下から同君地域内の広域通行許可証を取り出す。そこにある紋章を理解できないようであればさすがに練兵のやり直しかとも思ったが、幸いにしてもう一人の兵士が気がついたようだった。

 

「……これは失礼をいたしました、お嬢様」

 

「ええ。……伝令があったの?」

 

「人さらいかもしれない、と。特にエルンツィンガーの地を通る商人も多くはないですし」

 

それを聞いてテレナは頷いた。確かにこの人数と馬で大した荷物を運んでいる様子もないというのは怪しい。今までは大きな交易路を進んでいたから良かったものの、そこを逸れれば奇異の目を向けられるのは妥当だった。

 

「良い仕事ね。私から後で父にあなたの名前を伝えておくわ」

 

「……ええ」

 

そうして、兵士に先導される形で一行は領主の館のある街まで向かうことになった。テレナにとってはそれなりに慣れ親しんだ光景だったし、シェプルスキアたちにとっても通過してきた地域とそう変わらない場所だった。

 

『ねえテレナ、こっちだと挨拶はどうすればいいの?』

 

『一応統合王国語で伝わるわよ』

 

『そうじゃなくて』

 

シェプルスキアは相手の慣れ親しんだ言葉で語ることの意味を知っていた。イヴェリャン団は様々な人々の集まりで、だからこそ言葉の持つ意味は小さくなかった。

 

『基本的なものは教えるわ。それぐらいの時間はあるでしょうし』

 

そう言って、テレナは基本的なことを教えていく。イウェラ連隊の人々にも最低限の共有はしていった。

 

しばらく歩いていると、一緒に人がついていくようになった。どうせ用事があるなら、奇妙な旅人たちを見るのもいいだろうというわけだ。どうせ畑仕事も多いわけではなし、帰りに何か買って帰れば文句も言われないだろうというわけだ。

 

噂というのはすぐに伝わるらしい。学院に学びに行っていたご令嬢の帰還ともなれば、なぜか祭りか何かのようになっていくのだ。三十人ほどが集まって街に入る頃には、既に伝令役が往復しているようになっていた。

 

「……姉さん」

 

そうして、テレナに対しての迎えが来た。小綺麗な服を着た、少年と呼ぶべき年齢の男性。彼が近づくと、人々はすっと道を譲るように退いた。

 

「やあ弟、元気していた?」

 

「誰?」

 

テレナの後ろから、シェプルスキアがひょいと顔をのぞかせる。彼はテレナより背が高いが、シェプルスキアと正面から向かえばわずかに低い背丈だった。

 

「エーヴィル。私の弟」

 

「……始めまして」

 

「っと、こちらはシェプルスキア女領主。共和王冠国、ツィノドの統治者にしてイウェラ連隊の連隊長」

 

「……姉さん、念の為確認なんだけど」

 

「うん」

 

「イウェラ連隊って、聞いたことがある気がするんだよね」

 

「たぶんそう」

 

「シェプルスキアって、もしかして昔の名前はイプルカだったりしない?」

 

『ねえテレナ、あたしの話されてる?』

 

『してる』

 

眼の前で知らない言語で会話をされたエーヴィルであったが、いつものことだと諦めていた。できの良い姉と自分とは、親にはあまり比較されなかった。もしここでテレナが領主なら良かったのになどと言われれば、彼の小さな矜持は打ち砕かれていただろう。

 

ただ、そうはならなかった。一家はテレナをある種の異常として扱ったし、そういう意味でよく理解されたエーヴィルは次の領主としてそれなりの期待を受けていた。

 

『……ええと、シェプルスキア女領主……様?統合王国語、わかりますか?』

 

『おっ上手になってる』

 

『わかるよ。はじめましてエーヴィル君』

 

そういう懐かしい会話をしながら、テレナは館の近くの馬小屋で馬の世話を頼むように色々と手配を進める。そういう行動はエルンツィンガー伯爵領ではかつて見られたものだったし、人々もそういうテレナの噂を知っていた。

 

「えーとじゃあ宿の様子確認して、もし空いてなかったら屋敷の方の狭い部屋だけどどうにかさせるから。父上と母上の予定が空いていれば色々と手紙で言えなかったこともあるし……」

 

「ねえ」

 

考えるテレナに、エーヴィルが声をかける。

 

「俺も出ていい?」

 

「出て。今後の伯爵領の方針にかかわってくる」

 

そう言う姉に、エーヴィルは頷いてシェプルスキアの方へ向かった。

 

『えっと、シェプルスキア女領主……様』

 

『シェプルスキア嬢でいいよ、あたしはテレナの学院での友達だから』

 

『では、シェプルスキア嬢。姉は学院で何やってるんですか?』

 

『いろいろかな、手紙って来てないの?』

 

『あまり』

 

『すごいこといっぱいしてるよ、テレナが秘密にしたいこともあるだろうから言わないけど』

 

『……はい』

 

そう少したどたどしく話しながらも、エーヴィルは現状が飲み込めていなかった。この女性が姉であるテレナとかなり仲の良い人なのは見ればわかる。よく鍛えられた男たちから忠誠の視線を向けられ、指示の一つで動かせるのは良い指揮官の証だ。

 

そして学院がどういう場所なのかも、話では知っているつもりだった。しかしそれでもなお、東方の戦場における伝説が気軽に姉と会話しているという事実は、飲み込みたくないものであった。

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