角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む 6

「というか姉さんはさぁ」

 

父である伯爵が手ずから注いだ酒を舐めるようにしながら、エーヴィルは言った。

 

「普通帰ってきたら父さんと母さんに挨拶して、そのあとしばらくゆっくりするべきだと思うんだよね、俺だってそのぐらいはわかるよ」

 

「私にとってここへの旅は寄り道なのよ。手紙だと伝わり切るかわからなかったから顔を出したまでで」

 

そう言って、テレナも少しだけ酒を飲んだ。生意気な弟との久しぶりの会話は、テレナにとって悪くないのだった。

 

「しかし、まさかかのイヴェリャン団と懇意になるとはな」

 

少し楽しそうに、言い争う二人の子供を見る父は言う。

 

「手紙にも書いてはいたでしょう」

 

「実際にその目で見るまで信じるのは難しい、ということさ」

 

ルグスト四世は、決して無能ではなかった。娘が東から、それも名前を聞いたことのある女傑とともに荷車に揺られて帰って来たとなれば驚きや困惑ではなく、笑いを選ぶほどの度量があった。

 

あるいは、笑えなければやっていけない問題を多く見てきたということでもあった。

 

「領主としてはあまり良くないことですね。部下の報告を常に信頼しろとは言いませんが、信じる姿を見せなければこちらを信じる臣下もいなくなりますよ」

 

「……やはり、お前はあの男の弟子だな」

 

伯爵として、彼はかつて領地改革に力を借りた人物のことを思い出していた。彼の指摘はしばしば伯爵領内部での問題を起こしたが、それ以上のものをもたらした。貴族という立場について言いたいことがありそうな人物だったが、それでもその誠実さと交渉の上手さは娘を預けるに足るだけのものがあった。

 

「ウィルトール。あいつは今の私の敵ですよ」

 

そう言って、テレナは酒の入ったコップを机の上に置いた。

 

「どういうことだよ、姉さん」

 

エーヴィルはウィルトールを知っていた。少しだけではあるが家庭教師をしてもらったこともあったし、彼がやった仕事について姉が書いたものを読んだこともあった。それを踏まえれば、姉が敵とまで言うほど関係が悪くなるとは思えなかったのだ。

 

「統合王国内部の反貴族主義者。何も考えていない本を刷って、その影響力を意識せずに問題を拡大させている。おかげでこっちは故郷を賭けて暗躍することになるのよ」

 

「普通はそういうことをしないんじゃないかな……」

 

エーヴィルは姉に呆れながら息を吐く。姉が統合王国に政治工作を仕掛けているのは頭では納得していたが、あの怠けもので暇があれば本を読んでいた姉が社交界で色々としているところは上手く想像できるものではなかった。

 

「だがな、結果がどうなろうともお前が気に病むことはないぞ」

 

「……伯爵領の常備軍のある程度の顔を私は知っているのですよ。熟練の傭兵団長でさえ戦友の死を心に傷として残すなら、私が耐えられる理由はない。それに、兵が減ればここは狙われやすくなる」

 

「ああ、ハゼウ伯爵との同盟はまだ成っていない」

 

「未だ関係は婚約。それが破棄できるというのは最近統合王国で示された」

 

「あれは友情に篤い男だが、同時に冷酷なやつだ」

 

「今すぐ学院を去って結婚式でも挙げたほうがよろしいですかね」

 

テレナの言葉に、父と弟は無言になった。それが一つの戦略として成立しうることはよくわかっていた。上手くいくかわからない工作をするよりも、同盟を固めてハッヘンヴルト家の名の下での挙兵のあとでで起こる問題に対処するべきだというのは一つの解だ。

 

しかしそれは、テレナが徐々に築いていた学院派との繋がりを断つことを意味する。手紙をやり取りできるほどの仲の有力者は、テレナにはまだ少ない。それを作るには、あと二年はほしい。

 

「……それで、テレナが幸せになれるのか?」

 

「領主が娘の幸福なんて考えたら良くないでしょう、息子を戦地に送り、娘を敵に嫁がせ、そして己は領民の訴えに殺される。そういうものでしょう、私達は」

 

ルグスト四世はそれを聞いて、小さく笑った。

 

「いい娘を持って、父としては喜ぶべきなのだろうがな」

 

「エーヴィルのほうにそう言ってやってくださいよ、私よりも彼のほうが領主としては間違いなく上手くやる」

 

「それはない」

 

エーヴィルはすぐに否定した。彼はまだ領主として求められることの多くを学んでいる最中だった。姉のように教養があるわけでも、父のように武勇があるわけでもない。彼は領主の息子だから今の立場を手に入れているのだということをよくわかっていたし、その中でどれだけ足掻こうともテレナのような相手には勝てないことを理解していた。

 

おそらく同盟の締結後には自分は傀儡になるのだろうとエーヴィルは考えていた。なお、テレナはもっと非道な事を考えていたがそれを口にすることはなかった。テレナにとって弟は長男という明確な強みを持った駒であり、それゆえに必要であれば自律的に動いて貰う必要があった。弟は傀儡などという自分が指示を出さなければ動けない無能ではないとテレナは信頼していた。

 

「父上も放蕩娘に目をかけてばかりではなく、真面目な息子の祝宴にちゃんと山羊ぐらい出さないと老後に酷い目に遭いますよ。若いの頃の恨みというのは恐ろしいものです」

 

「……エーヴィル、欲しいものはないか?」

 

「特に……」

 

「そうか……テレナは?」

 

「父上に言って手に入る程度のものでどうにかできる問題ではないので……」

 

「うむ……」

 

ルグスト四世は、良くできた子供たちに喜んでいいのかわからずにいた。エーヴィルの下の妹は真面目で気立てのいい子だが、テレナのような悪辣さもエーヴィルのような諦念もない。それはある種の才能であったし、良い妻に、良い母になるだろうと考えていた。

 

そういう意味で一番下の娘がルグスト四世には可愛らしく思えた。眼の前の二人は間違いなく信頼の置ける、そして伯爵領の将来を任せるに足る人物であったし、家族であったが、それでも貴族としての責務を自覚してしまっていた。

 

「そうだテレナ、学院の話をしてくれないか?手紙では伝えられないことも多い、と書いていただろう?」

 

「本当に世間話になりますよ?面白いのは色々ありますが……シェプルスキア嬢の話がいいですかね、いや学院入ってすぐに彼女の指導役になって事件が起きたのですが……」

 

そう言いながら、テレナはナイフの柄を同級生の喉元に突きつけた事件を話していった。笑う父と怯える弟を見ながら、家族というのは得難い関係なのだなと少し酒の入った頭でテレナは楽しくなっていた。

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