角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む 8

「ここからハゼウ伯爵領ね」

 

荷車に揺られながらテレナは言う。

 

「なんでわかるの?」

 

「境界の木。枝ぶりよりも葉の形がわかりやすいわね。丸いほうがエルンツィンガー伯爵領、尖っている方がハゼウ伯爵領」

 

そう言ってテレナはある程度規則的に並んだ木々を指す。

 

「……なるほど、こういうやり方もあるのか」

 

馬に乗っていたラムズィンは、周囲を見渡しながら呟いた。

 

「当然それなりに難しいものよ?勝手に切られないようにしないといけないし、同じぐらいに適切なときに切ることも重要。撒かれた種が芽吹いたら若木のうちに刈らないといけないしね」

 

「ツィノドもこういうのを作らなくちゃいけないぐらいに発展させたいな……」

 

シェプルスキアが呟くように、未だツィノドは未耕作地が広がっていた。馬の餌には悪くなかったが、もし今後開拓を進めていくのであれば境界線の問題が生まれる。地図すらろくにできていない場所の統治は難題であったが、将来的には必要なものだった。

 

「さて、時間からするとこのあたりにいるはずなのですけど」

 

テレナが周囲を見渡すが、人影はない。広がっている畑のよく湿った土の下には種があるはずだが、それはまだ見えなかった。

 

「誰?」

 

シェプルスキアもテレナの隣に立って言う。

 

「ハゼウ伯爵令息、フォリム。私の婚約者」

 

「そういえば言ってたね」

 

しばらく見てもいないので、ぬかるみにはまった荷車を動かしながらテレナは言う。イウェラ連隊の兵たちは既に多少はぬかりみにも慣れていたが、それはうまくはまらずに荷車を動かすというよりもはまったらすぐに対応するというほうが近いものだった。

 

「どういう格好だと思う?」

 

「今の立場は騎士のはずだから、さっきまでついてきてくれていた青年と同じような格好のはずよ。ハゼウ伯爵の紋章の主色は青だから、そういう飾りがあるはず」

 

「彼が他の場所にいるってことはないの?」

 

「二つの伯爵の屋敷を結ぶ道はここなの。太いものではないから通る人は決して多いわけではないけど、だからこそ待ち合わせるならここ」

 

「……ふうん」

 

シェプルスキアが護衛対象の同級生が婚約者についていつもの調子で語るのを聞きながら歩いていると、向こうから胸当てと鉄兜、それに小手に腿当てと脛当てまでつけた騎士がゆっくりと馬で進んでいた。

 

「……珍しいね」

 

「今どきここまでしっかりつけるのは儀礼的な場合ぐらいのもの、でいいのよね?」

 

「まあね、でも相手の顔が見えないっていうのは怖いからね。悪いものじゃないと思うよ。動きからするとちゃんと鍛えている」

 

「鎧つけて動くなんていうのはなかなかやらんからな、俺等でもああも立派に馬に乗れるかは怪しいもんだぜ」

 

ラムズィンも保証するように、その馬の乗り手はよく訓練を受けていた。領主の息子として、そして次の領主として。あるいは婚約者に足りないものを補うために。

 

「そこの旅の方、戦士たちと姫と見えるが」

 

甲冑の中からくぐもった声がする。

 

「だとしたら何だ、我らの邪魔立てをするつもりか?」

 

シェプルスキアが通る声で言うと、兵たちが腕を広げた。剣に手をかけているわけではないが、一拍の間もなく抜くことができるだろうという様子。

 

「シェプ、なんて言葉覚えているのよ」

 

「酒場で教えてもらった」

 

「よろしい、あとで父上に下手人を罰するように言っておかないと」

 

テレナはため息を吐いて、相手に指で鉄兜を外すように合図をする。

 

「フォリム卿、髭を伸ばすようになったのですか?」

 

まだ顔に若さが残るが、伸ばした髭がそれを隠す男がそこにいた。

 

「父の真似だ。まあ、まだ似合わないと思うがな」

 

「嫌いではないですよ、そういうのは」

 

テレナはそう言って、馬上の婚約者を見上げた。

 

「……改めて名乗ったほうが良いだろうか?」

 

「そうね、客人のほうが先とかいう儀礼もあるけどそのあたりを言うと面倒だから」

 

「なるほどな。改めて戦士の皆様、ハゼウ伯爵が長子、フォリムである」

 

「イウェラ家のアズドの娘、シェプルスキア。ツィノド女領主。彼らはあたしの兵」

 

シェプルスキアはそこまでは言えたが、短い間に覚えられた語彙はこのくらいだった。たとえ統合王国語と似た要素が多いとしても、発音の癖までしっかりやろうとすればどうしても限界があった。

 

「……我が伯爵領を狙いにでも来たか?」

 

「……行ける?」

 

『ちょっと厳しいかな』

 

確認されれば、シェプルスキアは否定するしかなかった。領主の館の中の構造を理解している状態で特定の人物を倒すならまだしも、これだけの人数ではせいぜい収穫物の倉庫を秘密裏に焼いて逃げるぐらいしかできなかった。それも警戒されていれば難しいものだ。

 

たとえどれだけ馬に乗り慣れていようとも、その場所で暮らしている人の視線を持つことはできない。特に小さな村であれば土地勘を掴むまで潜ることは困難であるし、特に言葉の壁が小さくないならなおさらだった。

 

「そのつもりはないようよ」

 

「それは何よりだ。……本当に、すぐに学院に行かねばならないのか?」

 

そう言って、フォリムは少し悲しそうな顔をした。

 

「色々あるのよ、こちらにも。別にあっちに愛人がいるとかそういうわけではないから」

 

テレナが冗談交じりにそう言うと、フォリムは明らかに安堵の表情を浮かべた。

 

『テレナ、こいつけっこう純粋なやつじゃない?』

 

『幼い頃からの婚約者だからね、嫌われはしないようにしていたつもりではあるのだけど思ったより好かれているのよね』

 

テレナ自体は、婚姻に愛が必要だとは思っていなかった。とはいえ、あるのであれば欲しいとは思っていた。そしてフォリムはテレナにとって悪い男ではなかった。たとえ悪辣なことであっても理解して実行できるというのは、テレナにとっては美点であった。あるいは惚れたせいでまともな判断ができていない可能性もあったが、個人的にテレナはあまりその可能性を考えていなかった。

 

『あまり時間がないのわかるが、少し彼女、と話をしてもいいか?』

 

『統合王国語の発音が相変わらず駄目ね』

 

フォリムの問いかけに、テレナはため息を付いた。

 

『いいよ、ならあたしたちはちょっと離れてたほうがいいかな?』

 

『ありがとう、感謝するよお嬢さん』

 

『そこは女領主、で。若い騎士殿、淑女の称号を誤るのは社交界では大問題ですから』

 

シェプルスキアがそう言うのを、テレナは冷たい目で見ていた。

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