角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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郷関に止まり旅路を歩む 10

「あれが学院ですかい」

 

丘の上に見えてきた黒い影を見て、かつて砲兵だったリベクは言う。作られてから百年を越し、蔦が絡まり一部は崩れてもなお、それはかつての役目を思い起こさせる威圧感を持っていた。

 

「そう。さすがにこれはイウェラ連隊総出じゃないと難しいと思わない?」

 

「うーむ」

 

シェプルスキアの言葉に、リベクはじっと建物を見る。周囲に他の要塞があるわけでもなし、今の時点で壁に土が盛られているわけでもなし、となると近づくことはできそうだった。

 

「一月はいらんでしょうな」

 

「中に二百歩先の指揮官の頭を吹っ飛ばせる銃手がいたら?」

 

「もう少しかかるでしょうな」

 

「なるほど」

 

そう言ってシェプルスキアは隣のテレナを見る。

 

「というのがあたしのところの砲兵の見立て」

 

「一月ね、食料はなんとかなっても士気は難しいか」

 

テレナは呟きながら学院の装備を考える。あくまで訓練用として砲が二門あるはずだが、火薬と砲弾はそこまで揃っていないはずだった。ヴィンサートの力があればある程度は揃えられるかもしれないが、砲というのは教本片手の学生が気軽に扱えるものではない。

 

「手の空いている連隊ぐらいの味方と連携できれば解囲はできるかも、ってところかな?」

 

シェプルスキアが言うと、リベクは頷く。逆に言えば、包囲する側からすれば援軍に備えてある程度の戦力を残しておかねばならない。だからこそ、要塞を狙うならそれなりの量の軍勢が必要になるのだ。

 

「しかし、確かにいい場所にありますな」

 

「どの意味で?」

 

シェプルスキアはリベクに尋ねる。

 

「丘の上。伸びる道。ここから確かケラフェツまで道が伸びていて、ケラフェツは大きな道路につながっているんだろう?ここまでの道もそれなりにしっかりしていたからな」

 

リベクは道を見ることに慣れ始めていた。それはあらゆるものが行き交う土台であったし、一度整備すればしばらくは持つが、良い状態に保つためにはこまめな手入れが必要なものだった。

 

だからこそ少なくない領地で道路の整備は後回しにされる。そこに余力の有無が現れるのだ。あるいは、自発的に清掃や整備をする領民がいるかどうかの基準となる。

 

「兵の移動は、敵にも味方にも有利ってこと?」

 

「そうですぜお嬢、特に要塞の攻略ともなれば兵は足を止めることになる。荷車なんかは道があったほうがいいわけですが、道っていうのはそいつらを囲むほうへ有利に動くわけです」

 

「なるほどね」

 

そういう会話をしながら一行が進んでいくと、ちらほらと人が見えてくるようになった。

 

「……警戒されてますな」

 

ラムズィンが呟く。

 

「あたしたちはちゃんとした学生なのに」

 

「シェプ、学院の学生はこんな格好していないのよ」

 

シェプルスキアとテレナは遠目から見れば外套で性別もわからないものだった。学院の上着は荷物の中に入れていたので何かあればそれを羽織ればどうにかなるはずだったが、今更そう言う行動をするのも疑われかねないという微妙なものだった。

 

「ともかく学院の正面から入りましょう、エルガーツ翁がまだいるはずですよね?」

 

テレナの問いかけにラムズィンが頷く。

 

「一応は爺さんの迎えって話だからな」

 

「なら堂々と行きましょう。教授なら私とシェプルスキアをしっているでしょうし、それでもいいけど」

 

そう言いながら、テレナは周囲の様子を観察していた。去年の冬はこのように学院の外にいる人はあまりいなかったはずだが、今は軽くとは言え武装した人々がいる。様子を見るに異なる陣営のようだった。つまり、侵攻とまでは言わないが攻撃の可能性があるという共通の見解ができているのだろう。あるいは相互監視かもしれない。

 

「……アニドに詳しい話が聞くのが楽しみね」

 

「そういう口調じゃないよ」

 

「冬の学院が終わる前に、最低限の話は回してもらわないといけないから」

 

テレナは北側の三陣営の実務者が集まる冬の学院ではなく、議場学の中心地であるティロを選んだ。それは「墜ちる灯火」という本がもたらすものの影響が読みきれない以上長期的に動かねばならないというものもあったし、統合王国内部の問題であればアニドという信頼できる同級生を中心にするべきだという考えもあった。

 

「ああ、懐かしき学院、我が学び舎」

 

周囲から視線を向けられながらテレナは言い、門に歩いていく。城塞として使われていた頃の固い扉は今は半開きになっていたが、入口には門番がいた。

 

「私達は学院の学生です。後ろの方はちょうどここで行われている会合参加者の護衛。必要であれば証明をしますが」

 

「いや、その必要はない。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「……テレナ、すんなり入れたね」

 

「そこまでの警備ではないのは安心ね」

 

「これぐらい緩ければ傭兵を五人ぐらいは入れられそうだね」

 

そう言ってシェプルスキアは後ろを振り向く。外套の下に最低限とは言え防具と剣を持った、東方において名を馳せた傭兵団の兵が五人いた。

 

「というわけでお嬢、この後はどうすればいいんで?」

 

ラムズィンが言う。彼は地元の祭りや共和王冠国の式典であれば経験があったが、このような会合には不慣れだった。

 

「まずエル爺探してくるからそこらへんで待ってて、言葉通じないってことはたぶんないはず、ここなら誰かが話せるから」

 

そう言ってシェプルスキアは外套を荷車に置き、荷物の中から学院の制服の上着を取り出す。正装というわけではなかったが、無礼にはならないほどの格好だった。こういった格好自体が急いで駆けつけたという意味を示す分には許されるという加減を、シェプルスキアは少しずつ掴んできていた。

 

「じゃあ私はアニドに会わないとね」

 

「大丈夫かな、色々押し付けられてない?」

 

「前のときとは違ってレイルグもフュルシーアもいるのよ。同君地域と冷海同盟側への対応は二人で何とかなるはず」

 

「たしかに」

 

二人は慣れ親しんだ学院の廊下を進みながら、周囲の情報を集めていく。服装からは職業と地位がある程度わかるし、そのような人が何人かいればどういう集まりなのかの見当はつく。

 

「先輩、掲示板ってどこです?」

 

制服を着た女子にすれ違いざまにシェプルスキアは声をかけ、指さされた方へテレナとともに進む。地図と時間を確認し、二人はそれぞれの目的の人物がいそうな場所へと進むべく階段の前で別れた。

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