角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる
絶望の中に指針は揺れる 1


アニドは疲れていた。生まれた頃から貼り付けていた笑顔も数ヶ月の慣れない社交で時折うまくできないようになっていた。後輩からも心配される有り様である。

 

統合王国の様々な陣営にとって、アニドはちょうどいい人物であった。王室派からは血の繋がりによって、地方派からは王室派からの微妙な距離によって、学院派からは学院の在学生という理由によって、そして購官貴族からはそれ以外の派閥との繋がりによって。

 

だから、アニドは相手が求める役を演じていた。それなりの統合王国への忠誠を見せつつと裏切りの可能性への仄めかしをすれば、相手は色々と話をしてくれた。学院に来るような人々は必ずしも最終的な決定権を持つわけではないが、署名が入る文面を作る当事者である。つまり、実質的な方針決定を行うことができる立場の人間なのだ。

 

それだけの甲斐があって今の統合王国の実務担当者の実態はだいたい追うことができていた。ただ、それを分析できるほどの視点がアニドにあるとは言えなかった。どうしても逃げ道を探すアニドの視点は、問題を解決することに主眼をおいた同級生のものとはどうしようもなく異なっていた。

 

「ただいま」

 

だから人のいない休憩室となっている教室の椅子に座っているときに、隣に座りに来た人物から懐かしい声がしてに思わず相手の脇腹を肘で強く押してしまった。自分の行動を抑えられないほど、彼は疲れていた。

 

「うっ……」

 

「どうだった、ティロは」

 

アニドの苛ついた声に、テレナは思ったより痛いせいで呼吸できずに苦しんでいた。しばらくして、恨めしげな視線をテレナはアニドに向ける。

 

「……すまない」

 

誰かの前で見せることを抑えていた自己嫌悪に飲まれそうになりながらアニドは言う。

 

「いや、殴られる程度で君の気がおさまるなら安いものだよ」

 

そう言うテレナにため息を吐き、アニドは立ち上がる。

 

「何から話せばいい?それともテレナ嬢のほうから先に言うべきことがあるか?」

 

「じゃあ私から」

 

そう言ってテレナは制服の上着の内側から紙束を二つ取り出す。

 

「……今すぐ読んだほうがいいか?」

 

「いや、明日まででいい」

 

テレナに言われ、アニドは嫌な顔をする。社交をしていると夜は夜でまた特別な時間であり、単なる休息の時間以上のものになるのだ。ただ、テレナがそれを知らないはずはなかった。

 

「……何をさせたいんだ?」

 

「第三王子をそれなりの地位につけたい」

 

「管区大監僧以上の、か?」

 

「即位あるいは全国民会代議士長」

 

「ふざけるな」

 

アニドは吐き捨てるように言ってから、その意味するところを考える。それがもしできれば、今の状態をある程度安定させることはできるかもしれないという嫌な理解がある。

 

「……こっちの現状を説明するぞ。王室派、貴族派、学院派、そして購官貴族。全てが別の方を見て、自分たちは団結していると信じている」

 

「そんな馬鹿な話が?」

 

「まずは例の本の受け取り方だ。幸い、冬の学院においてあの本はよく売れた」

 

「売れたって……なに、ウォルセラルの印刷所が店でも出しているの?」

 

「そんなところだ」

 

テレナは息を吐いた。それができる人物がいる。南方街に繋がりを持ち、そして学院のやり方を短期間で理解したフュルシーアにとって、冬の学院はいい場所なのだろう。

 

「そのあたりは後で本人に聞くとして、どういうふうに読まれているの?」

 

「今の王室の問題を批判したものだとも、血だけに基づく貴族制度を解体する機会であるとも。あるいはそのような形で統合王国の結束を乱すやつらを見つけ出し、処罰するために悪くないとも」

 

「私の論考は?」

 

「問題点がわかればそれを改善すればいい、とのことだ。レイルグ君がそのあたりで色々と話を聞かれていたがあいつはまだ下手だな、相手が聞きたいことしか聞かない事をまだ本当に理解していない」

 

「そのあたりは訓練がいるのよ、箴言を聞くためにはまずは落ち着いた心と深い知恵が必要」

 

「じゃあそんな心と知恵を箴言なしで手に入れる方法を教えてくれって言うんだ」

 

「学院で学んだあと現場で十年も過ごして世界に絶望すれば自ずと理解できるわよ」

 

「それじゃあ遅いんだよな」

 

テレナとアニドの乾いた笑いが無人の教室に響いた。

 

「……王室が終わりなら、その後に権力を誰かに握らせなくちゃいけない。まともな、そして問題があれば変更できる法と、それに従って動く官僚。さらにこれらはある種の独立性を持っていなければならない」

 

「そこまでよく考えたな、議場学か?」

 

「共和王冠国よ。この手の面倒事を数百年続けているのに、本の作者は調べが足りなかったらしい」

 

「……俺も知らないんだが」

 

「必要なら後で教えるし、レイルグ君がそれなりに詳しいはずよ」

 

「それはわかる。いや、あれをただの平民学生だと思っていた俺が馬鹿だったんだがな」

 

「背後にいるのは同君地域の学院卒業生。それが貴族の子女じゃなくて大学教授の息子とはいえ平民を推薦する意味を理解しておくべきだったわね」

 

アニドは頷く。そもそも学院の入学は容易ではない。ある程度上の実務者、あるいは統治者にとってはある種の常識となっているが、例えばティロのような街で学院を知っている人がどれだけいるかと聞かれればかなり少なくなるだろう。大学の教授であっても議場学から外れていれば知名度が下がるのも仕方がない。

 

そして、学院は知っていれば入れるような場所ではないと同時に、やり方さえ知っていれば入りやすい場所でもあった。学院は設立の理念からして幅広く学生を受け入れている。入学の判断に貴族かどうかは含まれないわけではないが、決して大きいわけではない。例えば統合王国語が話せなければ、ハッヘンヴルト家の嫡男であっても学院は入学を拒むだろう。

 

「とはいえ、その彼が『墜ちる灯火』で描かれてるものは不可能ではないと言ったわけだ」

 

「その結論自体は私も同じね。ただし、第三王子がそこに立たないといけない」

 

「……あいつを御しきれるか?」

 

「統合王国内部のそういった問題をどうにかできそうなのは、私の知る限り一人」

 

「へぇ、どんなやつだい?」

 

「本人自身よ」

 

テレナが言う予定外の答えに、アニドは少し遅れて嫌な顔をした。

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