「なんだ、もう来たのか」
イウェラ連隊の連隊長補佐であるエルガーツは、白い髭を撫でながらシェプルスキアとともに兵たちを見た。
「テレナ嬢が急ごうって言ったんですよ。おかげで良い経験が色々できました」
「道路の泥濘は、草原の泥濘とは異なったかい?」
エルガーツの質問に、視線を向けられたリベクは頷いた。
「季節っていうのは大事なとこになりそうですね、ほら統合王国は新式の軽い砲を使うとか言ってるじゃないですか、ああいうのを使えば今の時期なら一方的にいけますよ」
「そのあたりは少し聞いたのだがな……」
そう言いつつ、エルガーツはシェプルスキアの方を確認する。
「何かあったの?」
「東方の軍人として、西方から多くを学ぶべきだという態度を取らせてもらった。お嬢には後々迷惑をかけるかもしれん」
エルガーツはシェプルスキアに頭を下げた。
「嘘じゃないでしょ、あとそう言われて相手も悪い気はしないと思うよ」
「そうだぜ爺さん、俺らはそういうのも含めてイウェラ連隊だろ?」
シェプルスキアを補足するように胸を張って言うのはラムズィンだった。彼はティロで衛兵たちを見たし、共和王冠国の軍の様子も確認していた。あるいは、テレナを通して西側の一般的な軍のあり方も。
それを踏まえた上で、彼はイウェラ連隊の強みを臆病さ故の知りたがりであると考えていた。それは地図を見るであるとか、あるいは偵察隊を送って様子を見るとか、そういったものではない。より深く理解し、相手を知ること。場合によっては参謀天幕とは違う形でイウェラ連隊を支えてきたものに、ラムズィンは気が付き始めていた。
「で、エル爺はどういう噂を集めてきたわけ?」
「特筆すべきはそうですな、総権国」
エルガーツがそう言うと、シェプルスキアと兵たちの聞く姿勢が変わった。
「大君侯国について、西側は正直興味を持っていない。そして総権国について、冷海同盟は比較的融和的だ」
「おいそりゃねえだろ、冷海への出口を切り開かれたのは最近のことだぜ?」
それは半世紀ほど前から続く拡大の一つであった。総権国が冷海同盟から奪った地の一つである港湾都市は昔から商業中心地であったが、今は総権国における重要な交易拠点ともなっている。ただ、冬には港に氷が張るためにその利用は限定的であった。
「しかし、同時に港は輸出にも使われる。今まで安く買い叩かれていた総権国の毛皮をはじめとする品々が高値で売れるようになり、そこに目をつけた女総権者の派閥も多くの利益を得て投資が行われる。すると冷海同盟が扱う商品の量も増えたわけだ」
「ははあ、不思議なもんですな。安く買って高く売るだけだと良くない、高く買ってもっと作ってもらうことが大事ってことですか」
ラムズィンは納得したように言う。
「詳しいことまでわかったわけではないがな。そこはあとあとお嬢が学んでくれるだろう」
「えっあたし?」
「これを語ってくれたのはレイルグという少年だ。お嬢の後輩だろう?」
「あー、うん。ただテレナとかネア先輩のほうがそのあたりは得意かな。だからまずはそっちに聞くよ」
「それもいいだろう。さて、総権国にとって共和王冠国は良い獲物だ。王冠と議会に忠誠を誓う我らとしては、命令であれば新しい故地を守るよりも共和王冠国の敵に立ち向かう必要がある」
シェプルスキアは頷いた。それは傭兵のような仕事を選べる立場ではない、支配に組み込まれた軍隊としての責務だった。
「……総権国の軍勢は?」
「統合王国に士官あがりの外交官が数名派遣されている。同盟というほどではないが、将来的な連携を踏まえてと言ったところだろう」
「そんなことができるんですかい?」
「官等表というやつのおかげだろ。貴族と官僚と軍人が同じように扱われているからこそ、すぐにその間を移動できる」
「あれいいよな」
そんな会話を聞きながら、シェプルスキアは状況を分析していた。
「女総権者は、統合王国が危ないってことに気がついていると思う?」
話が止まったとことで、シェプルスキアは言う。
「明確にとまでは言えんが、何か掴んでいてそれを元に動いていると見るべきだろうな。それもかなり素早く」
エルガーツが返すとシェプルスキアは頷いた。
「根拠は?」
「距離だ。お前らもツィノドからここまで来てわかったと思うが、北側世界は広い。駆けることのできる草原ばかりではない」
イウェラ連隊の兵たちは頷く。それを知るための移動であり、一種の訓練だったからだ。
「それなのに、会合の最中であっても彼らは本国に報告を送っていた。雪の中でも馬もそれなりに走らされていたところを見るに、総権国は重要な手紙を自力で運べるだけの準備をしていると見ていいだろう」
「金があるとやることが違いますね」
道路整備を通して輸送について少しではあるが知識のあるリベクは言う。外交使節が手紙を運ぶことは珍しいものではなかったが、常にその備えをしておくためには一定程度の投資が必要だった。場合によっては、イウェラ連隊のように現地の情報収集の拠点を兼ねた場所を経路上に置いているのだろう。
「あー……同君地域も総権国に協力する理由がある」
遅れて気がついたシェプルスキアはエルガーツに言う。
「どういうことです、お嬢」
「テレナの意見なんだけどさ、統合王国が混乱すると同君地域が攻めてくるのよ。その時に背中に隙を見せるわけ」
「なるほど、共和王冠国に刺されないよう、更に後ろと手を組むわけか」
「そういうこと。総権国が共和王冠国に手を出すのを黙認すれば総権国は統合王国と同君地域の問題に口を出さない、なんてことになるのはありうるよ」
「そこまでは思い至りませんでしたな、しかしそうなると……」
「まずはメラドゥと話を通してほしい。何かあった時にツィノドを攻めるなら、まずあそこになる」
シェプルスキアは国境を挟んだ地帯、大君侯国のコバラコと呼ばれる地域の軍人の名前を言った。
「いいのですか?共和王冠国から裏切りとみなされかねませんが」
「交易を強めて税で黙らせればどうにかならないかな、ある意味であたしらは彼らにとって知らないわけじゃないし、宗教とかで色々こじれることも少ない。もちろんあたしたちが忠誠を誓っているのは王冠と議会ってことは忘れずに」
シェプルスキアの判断を聞いて、エルガーツは大きく頷いた。