角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる 3

「あっテレナ先輩」

 

本に囲まれて座る少女は、通りがかったテレナに声をかけた。

 

「……フュルシーア嬢、これは?」

 

「本ですよ」

 

「見ればわかるわよ」

 

内容は様々だった。作法書もあれば学術書もある。流行の衣服についての小冊子から軽く読める小説まで。

 

「テレナ先輩もどれかいかがですか?お安くしておきますよ」

 

「売ってるの?」

 

「信頼できる紳士淑女の方には売掛もしております」

 

可愛らしい笑顔で言うフュルシーアだったが、テレナはその意味をわかっていた。誰がどのような本を買ったのかという知識は、それ自体が様々な用途がある。脅しに使うとまでは言わなくとも、他にも興味の持ちそうな本を売り込むのはありそうな話だった。

 

そして冬の学院というのは、様々な知識を持つ人が集まる。そこで共通の話題としてある本を読んだかどうかというのが扱われる場合、ちょうどそこで本を売っていれば買うこともありうるだろう。

 

「……強盗の巣みたいね」

 

「知識は至高の富ですからね」

 

テレナの言葉にも、フュルシーアは動じない。それに学院の制服を着ている彼女であれば、せいぜい実家の手伝いぐらいにしか思われないだろう。

 

「どのぐらい売れた?」

 

「そうですね、『墜ちる灯火』はやはり人気です。多めに持ち込んだつもりでしたが途中で二回ほど追加してもらいました。それ以外の本はぼちぼちですが。あ、テレナ先輩の本も売れてますよ」

 

「どのぐらい?」

 

「そうですね、ちょっとした本を何冊か報酬としてお渡しできる程度には」

 

テレナは頭の中で計算をしていく。具体的な金額についてわかるわけではなかったが、ある程度は広まってくれたのだろうと推察することはできた。

 

「……アニド君の計画といろいろぶつかっているようだけど」

 

「んー、アニド先輩は考えすぎなんですよ」

 

「意図的に混乱をもたらすのはちょっと違うのでは?」

 

「必要なところに必要なものを提供しているだけです。それで崩壊するようであればもともとの土台が砂か何かだったのでしょう」

 

その上に建てられているのはちょっとした小屋などではないし、その崩壊が北側世界を揺るがせることを考えつつテレナは息を吐く。確かに、フュルシーアにとってそれを考慮する理由はない。多くの貴族が平民の生活に気を配らないように、彼女にとって北側世界の情勢というのは気を配るに値しないのだ。

 

「……フュルシーア嬢から見て、冬の学院でどれぐらいの人があの本を読んだと思う?」

 

「統合王国の関係者ならほぼ全員だと思いますが」

 

「そのうちどれぐらいが、学院に来てから例の本を読んだと思う?」

 

「半分超えるぐらいですかね?詳しいことはわかりませんが」

 

テレナはそれを聞いて少し考える。普通、本というのはそれほど急速には浸透しない。たとえ面白いからと、あるいは重要なことがあるからと言われても大抵は面倒になって手を伸ばさないのだ。ただ、冬の学院という状況がそれを変えた。

 

冬の学院は、それなりに暇だ。噂話をしてもいいが、それも相手による。雪に閉ざされた時期では、近くの街に行くだけでも一苦労だ。そのような中で一人で楽しむことができ、また一度読めばすでに読んだ人と共通の話題ができる書籍の価値は高かった。

 

そして様々な言語の面白い本が売られているのだ。学院の新入生がそういった商売のようなことをしているのはあまりいい顔をされないかもしれないが、そのような異物を排除するほど学院は狭量ではない。あるいはそのような寛大さを示すことが、学院派にとっての美徳であった。

 

「……思った以上に早く、あの本が今後の統合王国にとっての指針になりそうね」

 

「逆らうにしろ従うにしろ、あるいは逸れるにしろ、ですか」

 

「ええ。……ところで、あれは?」

 

テレナはフュルシーアが奥の方に積んである紙を遠目に見る。

 

「出版したいから助けになる人を紹介してくれというのがありましてね。ほら、そういうこともできますから」

 

「その内容は?」

 

「秘密ですよ、そのあたりはしっかりしています」

 

当然のことのように言うフュルシーアだったが、それは秘密にすることで利益が得られるからだった。そしてそのようにして情報の価値を高めれば、こっそりと仄めかすだけでも多くの対価を得ることができる。

 

「……もしある方向の噂を流したり、そういう本をいっぱい作ってほしいとなったら、どれだけの費用がかかる?」

 

「金銭でどうにかしようとするなら相当なものになりますね。そこにある利益を捨ててまで先輩に従うなら、の話ですが」

 

「……つまり、そういう人たちに対してはこういう噂を流すとこういう利益がありますよ、という形で交渉したほうがいい?」

 

「その通りです」

 

フュルシーアは頷く。実際のところ、彼女にウォルセラルの印刷業者たちを、あるいは南方街を動かすだけの力はなかった。もちろん、彼女の父はウォルセラルの南方街では大物である。しかし、そういった繋がりは決して強いわけではなかった。彼らを繋いでいたもので最も強いものは利益であったのだ。

 

「……もし将来的に大物になる人物がいるとしたら、それを支援する側についていたほうが得だとは思わない?」

 

「先物を買うように煽ってから値上がりしたところで手放すやつですね、テレナ先輩がそんなあくどい方法に詳しかったなんて……」

 

「冷海同盟でそういうのってあるの?」

 

「株ってやつはそういうところがどうしてもありますからね、大抵は何人かの演出家が相互にぶつかりあって均衡を保つのですが」

 

出資を募るのために、あるいは損失を分散させるために生まれた株の概念は、冷海同盟では特に発達していた。投資の対象にならぬものはないと言われるほどのその市場は、出資者の死すら取引に含まれることがあった。とはいえ、これは出資者の中で死んだものが出た場合にはその分の投資額が年金として生存者に分配されるという制度であったのだが。

 

「……ルメン・デリロス。あなたがたは、彼にどれだけの値をつける?」

 

「……統合王国における真っ当な法の執行と、南方系に対する差別的取扱いの撤廃。実態がそこまでは言わなくとも、口先だけでいいのでやってくれれば」

 

「わかった。それは盛り込んでおく。もし投資に値すると考えたら、ぜひ」

 

今の空っぽの理念には、あらゆる人が自分の都合の良いものを入れようとし始めていた。それにどれだけ先んじることができるかはテレナにははっきりとはわからなかったが、遅すぎるほどではないということだけは確かだった。

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