角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる 5

身体を拭き、懐かしさすら覚える寝台に寝転び、テレナは天井を見上げる。アニドに渡した原稿について色々と聞かれることを前提に、明日までにやっておくべきことをテレナは考えていく。

 

「……総権国は、どういうつもりなのかな」

 

テレナの思考を止めるのはシェプルスキアの声。テレナは恨めしそうに上体を起こす。あらましはシェプルスキアから聞いていたテレナであったが、それについて詳しく考えるのは後にしようとしていたのだった。

 

「共和王冠国を狙っているということではなく?」

 

「うーん、そうなんだけどそうじゃなくて。イヴェリャン団がかつて最強と呼ばれたのは知ってる?」

 

「噂程度には」

 

テレナの父は軍人とはいえ、テレナの教育の中に軍の要素はほぼないと言ってもよかった。家庭教師であったウィルトールにとって軍とはよくわからないものであったし、彼らの奉じているという騎士としてのあり方も、あるいは実態としての軍人の在り方も理解しにくいものだった。それはおそらく、彼の信じる素朴な市民の魂にとって誰かのために戦って死ぬという概念がそぐわなかったためだろう。

 

それでも、テレナは軍人の娘であった。父の武勇を、あるいは戦場の高揚をかつて兵として戦ったものから聞くのは嫌ではなかったし、その中にはイヴェリャン団の物語もあった。契約を違わず、しかし必ずしも金で動くというわけでもない勢力。会戦にどこからともなく現れ、敵に対し一番嫌なことをしてくると評判であった。

 

「テレナはさ、今のイウェラ連隊をどう思う?」

 

「西側の軍隊という概念とも、あるいはいわゆる傭兵とも別ね。もし共和王冠国が参謀天幕制度とあの調査に対する執念深さを組織として構築することができれば、それは新しい時代の軍隊になる」

 

学院に入り、テレナはそれなりに軍の使い方には詳しくなったつもりだった。もちろんそれはすぐに戦場に立てるという意味でも、古参兵から尊敬を受けるに足る風格を持ったという意味でもない。せいぜい、兵士たちに告げる感謝と労いの言葉を言う時の嘘が少なくなった程度だ。

 

「じゃあもしそれを、傭兵でも軍隊でもなく、もっと大きなものに対して使ってる人がいるとしたら?」

 

「……総権国が、つまり女総権者が?」

 

「そう。テレナが統合王国をどうにかしようとしているように、あの人は西側をどうにかしているように思える」

 

「まずは一般的な意見から考えましょう」

 

テレナは思考を切り替える。シェプルスキアの言うことはわからなくはなかったが、それをすぐに飲み込むべきというほどのものでもなかった。むしろゆっくりと分析するべき類のものだ。

 

「テレナ、総権国ってなに?」

 

「共和王冠国の東にある国家。統治を行う女総権者は学院の卒業生。面積で言えば世界最大になるだろうけど、その国土の大半は氷の大地と人の踏み入った事がない森、それに木も生えない荒れ野。古い貴族と辺境の民を抱える、統合王国以上に統合されていそうでいないもの。東側世界の壁である騎士団領と共和王冠国、そして南側の大君侯国という三陣営と対立をしている。すなわち広大な土地を背後に持ちながら、接する地域全てが敵」

 

「外交と軍隊は?」

 

「西側からすれば警戒すべき、しかし遠くにいる敵という認識ね。必要であれば手を組むし、自分の敵にならないなら他所で暴れてもそこまで気にはしないけど、常に注意を必要とすると言ったところ。統合王国に倣う軍隊を編成しているけど、その実力は評価しにくいところ。領土の拡大時代も軍事力よりも外交の力が強かったし。……そういう話でいいのよね?」

 

テレナに言われ、シェプルスキアは頷く。

 

「それで、シェプから見たかの国は?」

 

「なんていうか、テレナと同じような、嫌な感じがする」

 

「出来もしないことにあれこれ思い悩んで、半端に手を出して混乱を招き、そして無謀にも国家を動かそうとするような?」

 

テレナの自嘲に、シェプルスキアは頷いた。

 

「無理だと諦めるより先に実行できるかを考えて、動いてみて失敗したらすぐに修正して、そして国家すら動かせる才覚のある」

 

「……それが、総権国を率いていると?」

 

「冬の学院でエル爺が掴んだ雰囲気が、そんな感じ。もしテレナが女総権者と同じ立場にいたら、似たような事をしない?」

 

「冬の学院に駒を送り込むのは誰だってしそうなものだけど……なるほど、派閥の一つではなく、まとまった国家として代表者を送り込めるのは総権国だけね。なにせあそこには、外交ができる派閥はただ一つしかない」

 

長い旅路のための資金を、西側で通用するだけの技巧を、あるいは論じるに足るだけの議題を用意できる人物はそう多くない。おそらく、ただの卒業生の乙女では無理だろう。学院に入った時点で意図的にそういう繋がりを広げ、いかに国家を運営するかについて深い洞察と覚悟を持ち、そして機会を見れば実行できなければ、その行動は無理だ。

 

「……もしそうだとしたら、共和王冠国に余裕はなくなっちゃう」

 

シェプルスキアの言葉にテレナは頷く。

 

「正統派の信奉地域は共和王冠国の東側に薄く広く、だったっけ」

 

「うん」

 

「それ以外にも口実はいくらでも作れる。そして総権国にとっては統合王国の混乱を止める理由はなし、機会があればその後押しぐらいはするか……」

 

テレナは目を閉じて、頭の中の盤面を相手側から見るように回す。総権国側から見れば、それは遠くにある相手側の手元で混乱している駒の集まりだ。必要な時に、必要なだけの事件を起こせばいい。それが全て機能するわけではない。実際に想定通り動くのはほんの一部分だろう。ただ、そこに十人の外交官と百人の協力者がいれば?そして女総権者が相応しいと思う場所に、彼らがいたとしたら?

 

角灯主義者への支援でもいい。原稿の執筆を依頼してもいいだろう。あるいは関わりのある商会を経由して貴族の債権を手に入れ、あるいは支援を行う。それらの多くは、西側の打ち手があまり考えない手段だ。

 

統合王国の貴族のやり方と、冷海同盟の商人のやり方と、同君地域の学者のやり方を全て知り、場面に応じて手を変えられる打ち手。それが不可能ではないというテレナの直感は、それらが実際の精度はどうあれ自分でも思いつけるものだったからだ。

 

「手紙でも書くべきかな」

 

テレナはそう言って、今の冬の学院にどれだけ総権国の外交官がいるだろうかと考えていた。

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