角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる 6

「ひどいものだな」

 

アニドはテレナにひっそりと紙束を渡しながら小声で言う。冬の学院は人が多いため、こういう話ができる場所は少ない。しかし一方で本来であれば教育のために使われる部屋は空いていることがある。テレナとアニドはいつもなら課題のために学生が誰かいるような図書室を会合の場所に選んだ。

 

周囲が見渡せるからこそ、もし誰かが近づいてきてもすぐに気がつける。学生同士が社交に疲れて愚痴を言い合っていると見なされることについては、若さゆえの未熟さと見逃してもらえる算段だった。

 

「そう?」

 

テレナはあまり表情を変えずに言う。

 

「ああ、第三王子のルメン・デリロスを盤面に投入するわけだ。それも勝手に動く駒として」

 

「思想的に決定的に対立しない限り、結社は彼を支援するしかない。ところで、彼らは元気にしているの?」

 

「ここにも来ている。俺が直接話したのは一人、話してはいないがほぼ間違いないのが二人、怪しいのがさらに二人」

 

「多いわね」

 

「男の子というのはそういうのが好きなのさ、英雄だの騎士に憧れて木の棒を振り回し、成長すると腐敗を排除して新しい理想国家を作るための秘密を共有した仲間を欲しがる」

 

「まあ、あまりその手の悪巧みに長けた淑女はいなさそうだけど」

 

テレナはそう言いながら、女総権者は案外嫌わなさそうだなと勝手な思い込みで考える。

 

「ところでアニド、どうやって見分けるの?」

 

「結社の構成員の秘密だ。それと、どうもある種の位階があって上の奴ら同士で通じる合図もあるのだとか」

 

「趣味の集まりにしてはなかなかやるわね」

 

テレナにとって、彼らのやっていることは文字通り遊びに過ぎなかった。彼らが負うのは陰謀が露見した時の逮捕ぐらいなものだ。それはテレナが故郷と嫁ぎ先を賭けているのと比べれば些細なものだった。

 

「なんと大物も入っているらしい、警察の中のそこそこ上の方だとか」

 

「裏切られない?」

 

「誰かが始めたら順番に裏切り者を吊るしていくだろうさ、吊るされるのが結社の構成員か悪い貴族かは知らんが」

 

「思っていた以上に状態が悪いわね」

 

テレナは息を吐いた。アニドの言葉が正しければ、統合王国を支えている見えない議会はそれなりに機能してしまっている。邸宅社交界という狭い場所では、思想はすぐ過激になるだろう。そして忠告をしてくれるまともな人がいなければ、集団は容易に暴走するのだ。

 

「で、その状況を踏まえてこれだ。どうせこれを貴族と結社に流せと言うんだろう?」

 

「無理な範囲があるなら言って。あとあくまで計画だし、長期的には私が直接参加できる立場を手に入れたい」

 

「……必要ならどうにかするが、そうすると俺が逃げられなくなるんだよな」

 

「今更?」

 

「友人が苦労して作ったものを無駄にはしたくないのさ」

 

アニドは以前テレナから受け取った亡命の計画書を思い出していた。面倒な肩書きを捨てて冷酷な冷海同盟へ、あるいは混乱する新大陸に渡るのは夢物語とまでは言わないが、かなり難しいことはわかっていた。それでももし必要であれば、王室の誰かを新大陸まで護衛するという形で逃げることができると王室の関係者にはすでにそれとなく仄めかしてはいた。

 

「しかしよく恐ろしいことを考えるな。第三王子を王座につけるか議長にするか、とは」

 

「議長というと面倒がありそうだから表現としては代議士長としているけれどもね」

 

「王室の人間がその地位を退いて、市民の代表者として投票を受けるわけだよな?もちろん、これを結社は受け入れないと思うぞ?」

 

「ええ、あくまで可能性の一つとすればいい。貴族議員の特権排除はもっと進められるだろうけど、投票をやるなら知名度は必要になる。結社の中で最も有名な人物すら、『墜ちる灯火』の登場人物よりは無名でしょう?」

 

「そもそも平民は碌に貴族の名前を知らんだろ、悪い大臣のせいで生活が苦しいというが、その大臣がこの国に何人いて、どう選ばれて、何をしているのかについては無知だ」

 

「……アニド君は言える?」

 

「半分は顔見知りだからな、もう半分は怪しいが」

 

国家の運営は宮廷社交界を中心に行われていた。学院に入る前、そこでのアニドの役割は都合の良い手伝いだった。王の血を引くために格式として不足はなく、庶子ゆえに気張らずに済む。若い貴族にアニドが同情を示せば仲間だとすぐに見做してもらえたし、淑女の手を取るのも子供ゆえに可能な立場だった。

 

そして大臣というのは、貴族に与えられる特別な椅子だった。それをどう割り振るかは王室派の力の見せ所であったし、事実ここしばらくは見事なまでの均衡を保っていた。王室派の離反を招かない程度に、地方派の連携を切り崩す程度に、特権と利益、そして責任を与えていく。しかしそれは宮廷の中でのみ通用する作法だった。それを真似しようとする地域は少なくないが、容易なものではない。

 

個人的な人間関係で国家を動かすというのは、官僚が力を持てないがゆえの不幸だとアニドは考えていた。権力を集中させれば、それだけ為さねばならぬことも増えるのだ。落ちぶれた父でさえ忙殺されているし、アニドは伯父であるルメン八世がこなす仕事の量を知っていた。

 

「ま、そういうことで全国民会を開くならルメン・デリロスもといデリロス氏は重要な立場になるのよ。もしそうさせないなら、市民の議論を止めるなら、わかりやすい賢王による善政の予感が必要」

 

「……継承権を飛ばした即位と、貴族特権の縮小。王室も貴族も残るが、場合によっては先の代議士長に就ける案よりも酷いことになるぞ?」

 

「だからよ、表面的な部分だけを見る人は自分の陣営を弱体化させるし、それがわかるやつは相手と手を取れる。そしてどうやろうとも民会制度が復活して司法議会のようなものができる、議会と言うべきかは難しいけど」

 

「学院派はすでにここで本を読んで反論意見を聞いて、疑うことを覚えている。あと司法議会の復活に購官貴族は同意するだろうな。彼らの多くは法学を修めているわけで、その力が横暴を止めるために使えるわけだ」

 

「まあ、実態としては彼らも縛られるのだけれど。共和王冠国が長らく築いてきた、酷い制度よ」

 

テレナはそう言って、よくまああんなものができたとは思うがそれを再現しようとしている私たちも相当だなと考えて小さく笑った。

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