角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる 7

「おお、テレナ嬢。今年はいないものとばかり思っておりました」

 

「……ガロテーエン卿ではないですか」

 

噂話に耳を澄ませていたテレナは、現れた人物を思い出していた。総権国の外交官でありながら平民あがり。一般的に外交官というのは相手国の貴族や有力者を相手に折衝と接待を行う役職だ。そこではある意味社交界以上の顔と顔の関係があるし、そのような場所において血は不可欠までとは言われなくとも加味されてしまう要素だった。

 

「最近戻られたのですか?」

 

「……ええ」

 

テレナは曖昧に微笑む。今の道路状況で無理に戻ることは普通はない。すなわち何か急がねばならない大事な用事があったのだ、とガロテーエンが読むところまではテレナも考えることができた。ただ、ガロテーエン側にはイウェラ連隊の訓練であったり、あるいはティロへの旅のことはわからないだろうという考えもテレナにはあった。

 

「しかし一年もあると色々と変わるものですな、噂話の中心がめっきり変わってしまった」

 

「あら、何が今の流行なのですか?」

 

「それがなんと物語だそうですよ、テレナ嬢。ご存知でしたか?」

 

「本を読むのが好きな後輩がいるので、あとで聞いてみますよ」

 

そう言うと、ガロテーエンの顔には軽い失望と訝しみが浮かぶ。シェプルスキアがいればもう少し細かいところまで見れるのかな、と考えつつテレナは相手が持っているだろう知識を整理する。

 

まず間違いなく「墜ちる灯火」は女総権者の手元に渡っている。その内容の分析もされているだろう。テレナほどではなくとも、その活用の可能性に思い至っている可能性は高い。

 

「しかし、そういった小説が話題になるとは。統合王国の方々が興味を持たれているのですか?」

 

テレナの言葉は、問題の核心となっている本について知っていると半ば言っているようなものだった。ただ、これも学院に戻ってきてから集めた噂の分析と言い張れた。ガロテーエンに対しては、自分が何をどこまで知っているのかを安易に明かす事のできる相手ではないとテレナは考えていたからこそ、このような微妙な形でしか口を開けなかった。

 

「まあ、そんなところですな。しかし内容が内容ですから彼らもよく論じなければ身が危ないのでしょう」

 

「そういう本は持ち込み禁止とかになっていそうですが、総権国ではどうなのです?」

 

「そのような物語程度で揺らぐ女総権者の権威ではありませぬよ、そこはご安心くだされ」

 

野趣溢れる笑顔でガロテーエンは言うが、それが嘘なのはさすがにテレナでもわかった。統合王国は不安定だが、王の正当性が疑われているとはいい難い。もちろん王座の正当性は角灯主義者たちやどこに潜んでいるともしれぬ結社の構成員たちの批判を受けてはいるが、では代わりに立たせるべき人物がいるかと言えば否であった。

 

一方の女総権者は、代わりになりうる人がいる。不幸な事故の重なりと反逆によって初代総権者の血筋に残る人物は多くはなかったが皆無ではなかったし、古くから力を持つ貴族もいた。それを踏まえれば、彼女がかつて奪ったのと同じように権力を奪われることは十分考えられた。

 

椅子の問題か座る人の問題だな、とテレナは思考を巡らせる。統合王国では椅子の正当性自体が揺らいでいるが、総権国ではそこに座るのにふさわしい人物かが論議の対象だ。そういう意味で、国家制度が破綻する予兆はないということだろう。

 

「それは良かったです」

 

「それと我が国では社交界で話されるの総権国語ですからな、たとえ西方に面白い本があったとしても翻訳されねば届かない」

 

「それは……難しいところですね」

 

領主と領民が同じ言葉を話せるということの重要性をテレナは知っていた。例えばテレナの故郷であるエルンツィンガー伯爵領では、伯爵であるルグスト四世と話すことのできる人はそれなりにいる。聖冠継承戦争の時に彼に率いられて戦った兵とは、故地に戻ってもなお上官と部下の、あるいは同じ戦場で戦った兵士としての立場を共有していた。

 

一方で、そういうことができていない領地があることもテレナは聞いていた。特に同君地域の西部、すなわち貴族の用いる言語としての統合王国語が広まっている地域ではどうしても領民との認識に齟齬が出る。

 

もちろん、領主が自ら各地を巡る必要はない。それをするにはエルンツィンガー伯爵領ですら広すぎるぐらいであったし、あまり気軽に出歩いた場合には貴族の品性を疑われるということもある。あえて規範から外すというのは、その規範を理解し、逸脱の影響を加味した上で戦略的に行われなければならない。

 

それを理解せず、形だけ領民を気遣うようなことはするべきではないと授業では語られていた。教授の口ぶりからして、そういう人物のもとで働いた事があるのだろうことは容易に察せられた。

 

「しかし、混乱は望ましいことではありません」

 

ガロテーエンの言葉に、テレナは眉を動かす。

 

「どういうことでしょうか?」

 

「我々は平和が望みなのですよ、そして我が国が平和でも、他国が戦をしていればそれは真の平和ではないのです」

 

「素晴らしい考えですね、もし許されるなら説教を受けさせたい貴族の一家があるのですが」

 

テレナが笑って言うと、ガロテーエンも笑顔を返した。統合王国とハッヘンヴルト家の確執を、ガロテーエンも理解していた。そしてもし統合王国に政治的混乱が起こればどうなるかという帰結も、ある程度把握していた。

 

実際のところ、ガロテーエンは全てを知っているわけではなかった。あくまで彼は噂の収集を担う紳士であり、その立場故に商会にも、市場にも、あるいは南方街にすら立ち入ることのできる人物だった。

 

だからこそ、彼は眼の前の少女を注意深く見ていた。彼が今まで会ったことのある女性の中で、彼女は五指に入るほどの聡明さを持つ。かつて二度顔を合わせ、言葉を頂いたことのある女総権者と比べればまだ実戦を経験したものが持つ鋭さを彼女自身は持ってはいなかったが、それを持つ友人がいた。

 

「難しいものですな、互いに」

 

「ええ、平和が一番なのですがね。私の領地は何かがあれば巻き込まれる以上、非力ながらそういう試みを支援せねばならないのです」

 

テレナの言葉に、ガロテーエンは深く頷いた。しかし、彼にとっては平和も戦争も祖国の国家としての理性が決めるものだった。

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