角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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絶望の中に指針は揺れる 8

ヨルワは冬の学院の状況を楽観視していなかった。学生たちはすでに彼女の制御を離れている。アニドは統合王国の派閥と様々な会話を通して確固たる地位を築いていたし、フュルシーアは大量の本を売りさばいていた。レイルグについては、比較的予想範囲であったがそれでも気をつけておくべき存在だった。

 

冬の学院には、彼ら以外にも多くの学生がいる。そして彼らは基本的に手伝いだ。決して会合において名前のついた役を演じる事を想定されているわけではない。去年の冬のシェプルスキアは例外のはずだった。彼女は現役の領主であり、そして傭兵団の団長としての経験もあった。それがたとえ儀礼的なものであったしても、貴族とはその儀礼をこなすものだと考えるヨルワにとっては十分だった。

 

「……困ったことになっているわね」

 

学院に帰ってきたテレナを教授室に呼んで改めて話を聞いて、ヨルワは目の横を揉むようにしながら現状を受け入れていた。

 

「ええ、私にも予定外ですが。ヨルワ教授は彼らをどうにかできなかったのですか?」

 

テレナは皮肉交じりに言うが、それができないことはよくわかっていた。アニドは第三王子の監視役に使うには強すぎる駒だったと、やっと王室派も気がついた頃だろう。

 

「あなたがアニド君を推薦したのよ」

 

「それもそうですね、とはいえあくまで儀礼の指導役でしたが」

 

「フリュシーア嬢とレイルグ君だけなら、社交の場を学ぶのに良いと思っていたのよね……」

 

それは明確にヨルワの読み違いだった。結果は「墜ちる角灯」の拡散と、そこに学院が手を貸したという事実。統合王国との関係は複雑なことになるだろう。とはいえ、それは誰かが悪いというわけではない。

 

「で、ヨルワ教授のほうは今の噂をどう見ますか?」

 

「古い知り合いが良くない話を色々と持ってきてくれたわ。色々なものが動いているけれども、その実態は誰にもわかっていない。今まであった四つの派閥は混乱している」

 

「例えば王室派の中にも、あの本を好む人と好まない人がいると?」

 

「そういうこと。第三王子派閥なんてものはなかったけれども、彼についていって利益を手にしようということを考えるやつもいるらしいわ」

 

「愚かですね、賭け事をやったらまっ先に破産するやつだ」

 

「テレナ嬢、いいことを教えてあげる。逆転のためには、ほぼありえないような目に賭けるしかない人がいるのよ」

 

「……なるほど、手負いの獣には気をつけるべきですね」

 

テレナはそう言いながら、統合王国に手負いの獣がどれだけいるのかと考える。おそらく、国家そのものがそうだろう。流れた血によって死ぬまであと数年あるかもしれないが、すでに指先が冷たくなり始めているような状態だ。

 

「学院としてはどう動くべきか悩むところだけど、ハッヘンヴルト家を止めたいところね」

 

「ぶつかりますか」

 

「ぶつかるわよ、そこの読みは外れない」

 

ヨルワはギローツテア家の人間であり、すなわちハッヘンヴルトの分家に連なる血を引いていた。ギローツテア家はハッヘンヴルト家の会議に呼ばれるような家柄ではなかったが、それでも親戚にはそれなりに有力者もいた。

 

そして彼らは統合王国が嫌いだった。

 

「……止められますか?」

 

「実務担当者に学院卒業生は多いけど、レイルグ君に聞いた範囲では直接影響力を与えることができるかというと難しそう」

 

「領主の力がそこまで強いのですか?」

 

テレナの知る同君地域は、もっと行動がばらばらの場所だった。何かを一つの領地の中で決めるのでさえ混乱するのだ。同盟やもっと大きな範囲の条約などはさらに複雑になる。その中で実務を担当する官僚たちの影響力は決して小さくないはずだった。

 

「一つにまとまっていない、と言うべきね」

 

「ああ、それなら納得しました」

 

一つ一つの力の総和は大きくても、全て合わせると混乱しかもたらさないことは多かった。そういう時には、強い力が流れを変えてしまう。

 

「それで、テレナ嬢はティロに言って面白いものを見つけられた?」

 

「ええ、統合王国をいかに壊すかのあたりで良い参考資料が見つかりました」

 

テレナの言葉に、当然ながらヨルワは顔をしかめる。

 

「壊す、ね」

 

「統合王国における貴族制度のうち、税のあたりは改善する必要があるかと。国家に対する奉仕を行う理性だの徳だのを信じるのはあまり良い考え方とは思えません」

 

「そうすると、誰が請負人をするの?」

 

ヨルワはすぐに問題を指摘する。貴族から取り立てるとなると、かなりの権力が必要となる。同時に、その公平性の担保も必要だ。更に徴税を請負人に任せる場合、その権利の購入価格をどう設定するかも問題だった。例えば植民地と繋がりを持つ貴族から取り立てる莫大な額を、取り立て前に用意できるほど余裕を持たせるためには植民地でも持っていなければ無理であった。

 

「……なるほど、王室とは切り離された物が必要ですね。王立銀行の独立性拡大で行きますか?」

 

「あそこはまともな人がいないわよ」

 

「ううむ……」

 

テレナの思考はまだ理論に過ぎなかった。実際の形にするのは統合王国をよく知る人々、具体的には結社の中でやってもらおうというのが彼女の計画だったが、それでも分かる範囲で問題をなくしておく必要はあった。

 

「そのあたりが固まるまでには時間がかかるでしょうし、ある意味であの本が出たおかげで準備が不十分なすぐに壊れることは避けられたと見ていいかもしれないわね」

 

「……それは少し楽観的かと思います、ヨルワ教授」

 

「そう?」

 

「誰もが壊し方を知っている以上、何かが揺らぐような事件があれば容易に倒されると私は思います」

 

「婚約破棄のような?」

 

そう聞かれ、テレナは頷く。あれは問題を教会と聖座に押しやることでどうにか解決した。しかしそれはリュクバーンという政治的傑物にとって、叙任権を取り返す良い機会だったからという側面は無視できない。

 

統合王国の崩壊は混乱を招くが、その混乱の中で利益を得る人もいるだろう。それは別に悪いことではないが、テレナと利害が対立するのは仕方のないことだった。

 

「冬の学院の終わりも近いですが、できる範囲で色々と噂を聞こうと思います」

 

「よろしくね、みんなあまりお喋りをしてくれないの」

 

そう言ってヨルワは少し俯いた。厳格な教師という彼女の仮面の下の素顔を知っている人は決して多くなかったし、それを知っていても気軽に話せるような学生は更に少なかった。

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