角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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風説に隠れて情報は潜む 7

宗教は社会において無視できない要素である。削がれたとは言え北側世界では未だに強い権力と組織を有しており、南側世界では聖俗の一体化が統治や学問の分野で一般的となっている。そもそも、宗教的問題から距離を取っている学院という組織が異常ですらあった。

 

「……えっと?」

 

歴史の授業が終わり、シェプルスキアは一気に登場した名詞に混乱して目を回していた。

 

「今日の授業は教授の歯切れが悪かったわね」

 

テレナが言うと、それすら理解できていないシェプルスキアがやっと目の焦点をテレナに合わせた。

 

「……何もわからなかった」

 

「大丈夫よ、大宗派戦争についてわかっている人は当時もいなかったし、今もいないから」

 

「そんなに……」

 

「まあ、必要になればゆっくりと覚えていくわよ。それと昼食。今日は村落の方の見学だからそれなりに歩くよ」

 

「そうだったね、いっぱい食べないと」

 

シェプルスキアは午後の実習の内容を思い出して好奇心に目を輝かせていた。日頃は外周の道を馬で回るだけの学院近くの村落であったが、今日は実際に実習として見学ができるのだ。

 

「……まあ、そもそも見せられるような村落なわけだけど」

 

「どういうこと?」

 

シェプルスキアは食堂に向けて一緒に歩くテレナに聞いた。

 

「学院に通うような上流階級に無礼な振る舞いをしない程度に洗練されていて、特殊な葡萄酒を村全体で作れるほどに基礎教育が行き届いている。村落の基礎学校で教えている人は学院の教授でもあるし、明らかに恵まれている、作られた村落なのよ。あそこは」

 

「……ああ、だからか!」

 

シェプルスキアは何かに気がついたように声を出し、周囲の学生からの視線を一瞬集めた。

 

「何があったの?」

 

「道がやけに綺麗で、それと防備がしっかりしていると思っていたんだ。なるほど、見せるための村ならそういうこともあるのか……」

 

柵や堀は、基本的ながらも効果的な防衛設備だ。しかし、それを維持するためには一定の人手と村落の人々の理解が必要である。

 

「そのあたりの視点はなかったわね……。とはいえ、百年前の大宗派戦争ではここにあった街自体が消え去ったわけだし、軍事的にも重要な場所ではあるでしょう?」

 

学院は同君地域の西端にあったが、それは統合王国や冷海同盟との境界線に近い場所だった。逆に言えば、同君地域が関連する戦争において純粋に地図の上のみで見れば戦地となりうる場所だったのである。

 

「でもここ、街道からはずれていない?」

 

「新しい都市を作る時に街道のほうをずらしたのよ。川沿いにするために、本来この場所を通っていた二つの道路のうち南北に伸びるものを動かしたの。地図があるとわかりやすいのだけど、学院周辺の地図は管理が厳しいから」

 

テレナはそう言いながら、以前に少しだけ見た地図を思い出していた。学院の近く、馬車で行けば半日ほどの場所にある商業都市であるケラフェツは、大宗派戦争後に移転されたものである。かつての城塞と市街は、今では学院の敷地とその周辺地域となっている。

 

東西と南北にそれぞれ伸びる交易路と、付近を流れる大河の支流を考えると新しいケラフェツの場所のほうが発展する要素を持っていた。ただ、丘の上の城塞という防衛施設がない以上、今のケラフェツは軍事的には弱いところがあった。

 

「地図があったら会議も楽だし、弱点を議論しやすいからね」

 

「その通り。それとわざわざ相当な額をかけて作ったものをおいそれとは見せられない、ということのもあるのでしょうけど」

 

地図のような精密な曲線の印刷のためには、専門の職人と装置が必要だった。印刷用の紙とインクは小説本と同じでも、地図の印刷のために地域から得なければならない特許のための費用や関係者への付け届け、測量のための人の賃金などを考えると一枚の地図が平凡な労働者の月給に匹敵するのも仕方がないことなのだ。

 

「そういえばシェプは筆記課題、大丈夫そう?」

 

食堂に到着して、テレナは昼食を取り分けながらシェプルスキアに言った。

 

「……飯が美味しくなくなる話はしたくない」

 

「冬の帰省前に食事を取る余裕もなくなるほど追い詰められるよりよっぽどいいから、今のうちから考えておきなさい」

 

「そう言うテレナはどうなのさ」

 

「文字通りに売るほど書けるわよ、売らないけど」

 

学院の課題は基本的には統合王国語での提出が求められていた。これは歴史ある大学が聖語での課題や口頭試問を中心としていたのは対照的である。これは学問のための学問に囚われないようにするためでもあり、実際に働く際に関わることになる膨大な書類に慣れるためでもあった。

 

「えっ、テレナはあたしの課題をやってくれないの……?」

 

「やるわけないでしょう。確かにこの手の形で恩を売るのは珍しくないけれども、私がやるのはあくまで手助けまで。その場合でもきちんと報酬はもらうから」

 

「何を払えばいいんだろ……」

 

「あなたも他の分野を教えてくれればいいのよ。馬の乗り方とか軍事の話とか、私は完全に知らないから」

 

「話せること、そんなにないよ?」

 

「例えばこの学院を攻略するために、どれぐらいの軍が必要かとか、そういう話でもいいの」

 

「うーんと」

 

シェプルスキアはそう言って、歩き回ったこの周囲の地形を思い浮かべていた。

 

「もし学院側が準備ができていないなら、軽量の野戦砲がいいかな。歩兵が四中隊、砲兵が三中隊、騎兵が三中隊……それに工兵を入れて、混成連隊が一つ。イウェラ連隊に歩兵と工兵を増強すれば対応できるかな」

 

「思ったより少ないわね」

 

「正面から塹壕を掘って攻めるならもっと時間が必要だけど、中に入って暴れるなら数は案外少なくていい。むしろ多すぎると急襲の効果は薄れる」

 

「……もし学生を一人か二人、殺すか攫うことが目的であれば?」

 

「攻略の必要、ある?」

 

シェプルスキアは不思議そうな目でテレナを見た。

 

「……どういうこと?」

 

「毒殺とか、銃を持ち込むとか、別に攻略しなくても中の人を殺す方法はいくらでもある。攫うのは少し難しくなるけど、学院であれば例えば荷物を搬入する馬車の御者を脅すか買収すればいいから、熟練のそういうのが得意な人が五人程度いればいいかな」

 

「また名誉も何もない手段を取るわね……」

 

シェプルスキアに言われて、テレナは自分がどうも正攻法で考えがちであることを認識した。テレナが考えていた婚約破棄関連の派閥の動きの予測において、対象の学生をどうにかして幽閉したり、あるいは排除できれば盤面をひっくり返すことができるという考えはあった。ただ、そのために必要な攻撃力が過剰であるためにその可能性が低いというのがテレナの分析だった。

 

「名誉は目的じゃないから」

 

さらりとシェプルスキアは言って、昼食のためのパンにチーズと肉を挟んで少し行儀悪く、大きな口を開けてかぶりついた。

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