角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る
陰謀を騙りて学生は綴る 1


雪は溶けた。来客は去った。学生たちが戻って来て、学院は教育機関として動き出す。

 

「……テレナ、時間はある?」

 

夕食を味わっていたテレナの肩に軽く後ろから触れ、声をかけた人物がいた。

 

「ええ、ファーネスタ先輩」

 

喉に噛んでいた肉を詰まらせないように素早く飲み込みながら、テレナは微笑みを浮かべて言う。

 

「話がしたい」

 

小声とは言え、誰かと誰かが話していたということは周囲から見えてしまう。だから、やり取りは最低限でなければならなかった。

 

「わかりました。詳しい話はテアリア嬢に」

 

テレナが言うと、ファーネスタは頷いて去っていった。テレナは肉汁の残る皿をパンで拭いながらどういう問題かと考えていく。考えられることは多くあった。もし地方派の刺客として彼女が自分に刃を向けるならそれも仕方のないことか、と考えながら急いでテレナは食事を進める。

 

「シェプ、ファーネスタ先輩と会ってくる。私が夜中までに帰ってこなかったらヨルワ教授とエネトによろしく」

 

「わかった」

 

食事中のシェプルスキアの後ろで声をかけ、テレナはまだ寒さの残る外に出る。もしなにか大きな問題があったとして、その時に解決できる名前は告げた。統合王国の情勢に通じた教授と、聖座の手先にしてファーネスタの恋敵。この二人が解決できないのであれば、それは取り返しのつかない状態となっているときぐらいだ。

 

息を吸う。凍りつくほどではないが、それでも熱が消えていく。緊張はしない。たとえもうすぐ卒業し、聖座に進む公爵令嬢を相手にしても、テレナは怯える理由はなかった。

 

緊張は経験の不足によるものだ。爵位もない相手との対話など、今更テレナの恐れるものではない。

 

そうして同級生のテアリアに案内され、テレナは上級生の寮にこっそりと忍び込む。もちろん禁止されているが、必要であればそれを黙認させるか素直に罰を受けるぐらいの覚悟は小さな部屋にいる全員にあった。

 

「さて、テレナ嬢。今の統合王国の状態を説明していただける?」

 

蝋燭の光に照らされ、傲慢さにも思える態度でファーネスタは言う。

 

「そうですね……色々と複雑な状態になっているとは聞いています」

 

そう言いながら、テレナはどう振る舞うべきかを考えていた。単純な心情としては、テレナはファーネスタのことがあまり好きではない。とはいえ、伯爵令嬢として振る舞う彼女に対する敬意をなくしたつもりもなかった。

 

「あなたがやったと、聞きましたわ」

 

「過分な評価です、冬の学院にすらいることができなかったこの身で何ができましょうか」

 

「……それが、旅の手助けをした一族に対する態度?」

 

「では僭越ではありますが、不肖テレナがテワドレーム公爵令嬢たるファーネスタ・イリイダ様に進講をさせていただきます」

 

テレナは態度をすぐに変える。もちろん、二人の立場を考えればここまでの謙遜はむしろ無礼に当たるまでのものであったが、あからさまに断じることができない程度のものではあった。

 

「それで、父の計らいはうまく行ったの?」

 

「ええ。ティロには無事にたどり着けました」

 

そう言いながら、テレナは自分が話す相手に対する認識を切り替える。彼女は学院で学ぶ第四学年の学生ではなく、統合王国の維持に出資した地方派重鎮の代理人だ。そして将来は聖座において決して小さくない立場を持つことを約束された人物だ。

 

簡単なお礼の手紙を彼女の父であるテワドレーム公爵には送っていたが、直接口頭で行われる説明とは違いがある。何より検閲を前提として書いた手紙では、重要なことを述べることはできなかった。

 

そうして、テレナは議場学の説明をしていく。それがいかに共和王冠国を解体し、再構築しようとしているか。学院から見える「墜ちる灯火」の広がりとその影響。あるいは、テレナがまだ構想として持っているに過ぎない改革案。

 

「……また大胆なことをするのね。何のためにそのようなことを?」

 

「平和と、秩序のために」

 

テレナの言葉には嘘はなかった。目標となるのは小さな二つの伯爵領の平和と秩序かもしれないが、それを保つためには西側の大きな二つの陣営が正面から衝突するよな事態を避ける必要があった。

 

「……例の本は、私も読んだわ」

 

「読めたのですか?」

 

「父は……テワドレーム公爵は忙しいの。そうして愛を注いでくれないから、娘が悪い本なんて読んでしまうのに」

 

少し拗ねたようにファーネスタは言う。彼女は貴族として自分がそのような立場に置かれなければならない理由も、父が自分を愛していないわけではないことも知っていた。ただ、物事には限界と優先順位があるのだ。

 

「……ねえ、テレナ嬢。わたくしはそこまで酷いように見えました?」

 

「……私からはなんとも言えません。テアリア嬢はどう思いますか?」

 

「えっ」

 

座って二人の話を聞いていたテアリアは、いきなり話を振られて驚いたように声をあげた。

 

「どうです、テアリア。わたくしはそのような悪女でしたか?」

 

「えっと……そういうところがなかった、わけじゃないと、思います。でもそういうところがいいと思います」

 

目をそらすようにしながらテアリアは言う。テアリアにとって、ファーネスタは忠誠を誓うに相応しい主だった。その彼女の強さは弱さを見せないための攻撃でもあったし、それはしばしば制御できない力となって取り巻きたちの間に広まっていた。

 

「……そう」

 

「確かに、私もとある本好きの知り合いから聞いたのですが、そういった女性に、悪役たる令嬢に同情的な人も多いようです」

 

テレナは言う。なお、フュルシーアがそう言って差し出してきたのは急いで刷られたらしい小冊子だった。断罪された令嬢が僻地の修道院で神を見出すという宗教的な短編だったが、明らかに要素は「墜ちる灯火」をもとにしているものだった。

 

フュルシーアによれば、そのような本は既にいくつか出回っているらしい。かの本は実によく売れ、書店も同じような本を求めていた。もちろん筋書きをほぼそのままにしたような粗悪な複製にすらならないものもあったが、才能ある作家は触発を受けていた。

 

「……でも、彼には勝てないでしょう?あの王子は、わたくしを捨てた市民の英雄は、魂の汚れた貴族なんかに振り向いてはくれないのよ」

 

ファーネスタは第三王子と恋仲だったわけではない。その婚約は親の事情で決まったものであったし、学院で共に過ごしても友情すら芽生えることはなかった。しかし、ファーネスタはかつて彼がエネトに向けた、自分が今まで見たこともなかったような笑顔を覚えていた。

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