角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 2

「テレナ嬢、欲しいものがある」

 

授業で扱っていた市場の素描が隅にある紙をしまいながら、テレナは話しかけてきたアニドを見た。

 

「私に用意できるものであれば」

 

「鍵のかかる部屋。本が置けるだけの空間があるといい」

 

「……目的を先に言いなさい」

 

「統合王国のほうからかなりの手紙が届くようになった。それを安心して扱える場所が必要になる」

 

「あっそっち?なんだ逢瀬の場所かと思ったわ」

 

アニドは苛立たしげに舌打ちをして、表情を真面目なものに戻した。

 

「教授に頼めば行けるか?」

 

「学院の隅々まで知っているとなるとヴィンサート教授ね、あの人が整備の担当者だから」

 

「整備?」

 

首を傾けるアニド。

 

「ここが巻き込まれた時に少しは保たせるための準備よ。食料をためて、井戸を補修して、崩れた壁に土を盛る。どういうことかはわかる?」

 

「……なるほど。ところでなんでテレナ嬢はそれを知っているんだ?」

 

「シェプルスキアが手伝いをしているのよ」

 

「なるほど、性格的に守るには向いていなさそうだが、それはそれで有意義か」

 

「その通り」

 

テレナはそう言って席を立ち、ヴィンサート教授の部屋までアニドを先導する。アニドが気がついたように、シェプルスキアは攻撃側として城塞としての学院を見る仕事をヴィンサートから与えられていた。

 

視点を切り替えるということは容易ではない。並程度の指揮官であれば、籠城か攻囲のどちらかの思考にとらわれがちだ。しかしシェプルスキアは様々な方法を述べることができた。それは彼女にとっては参謀天幕の言いそうなことに過ぎなかったが、ヴィンサートを満足させるには十分だった。

 

「今の時間なら教授室だと思う。シェプルスキアが大抵いるし」

 

「実際のところ、彼女は指揮官としてどうなんだ?」

 

テレナにアニドが聞く。アニドは一応、王室の一人として様々な進路を示されてはいた。その一つに軍人があったし、学院で単純に学べるもの以上のものを彼は努力して知っていた。

 

「シェプルスキア自身が言うように、連隊規模なら行けるわね。私の父は軍人だったけれども、それよりも兵の扱いが上手い」

 

「……どんな、人なんだ?」

 

「私の父?」

 

「ああ」

 

アニドにどう返すべきか、テレナは少し黙って考えた。

 

「比較的変わり者よ。たぶん普通の伯爵よりは積極的に領地を巡る。かつて兵だった人たちと今でも親しいし、宴会の席では一緒に酔いつぶれることも珍しくない」

 

「それは、意図的なものか?」

 

「おそらくは。この点については私の家庭教師も評価していたわ」

 

テレナはそう言いながら扉を開ける。中には木を手に持った小刀で削るシェプルスキアがいた。

 

「二人とも、何かあったの?」

 

そう言うシェプルスキアの前には、木細工の学院の模型があった。

 

「……器用ね」

 

「あたしが作ったものじゃないよ、倉庫の中から見つかったものを直してるだけ」

 

「暇な人がいたのね……」

 

テレナはそう言いながら細工を見ていく。鳥でもなければ一望できないその構造を観察しながら、やはり防衛のための施設なのだなと考えていた。

 

「なあシェプルスキア嬢、鍵のかかって、かつ今使われてない部屋はあるか?」

 

「うーん、この模型が置かれていた倉庫とか」

 

「どこだ?」

 

「ちょっと待ってね」

 

そう言ってシェプルスキアは屋根を外す。中の部屋の作りを見て、テレナとアニドは自分たちがいる部屋をすぐに見つけることができた。

 

「ここ。教授室として多分作られたんだけれど、大きさが狭くて物置になってた」

 

「設計上の問題かしらね。……確かに何もなさそうな扉があったはずだけど」

 

そう言うテレナに、アニドは頷いた。

 

「で、なにをしようとしてるの?別に扉なんてすぐ開けられるよ?」

 

「どういうことだ、シェプルスキア嬢」

 

「破ればいい。あるいは鍵や蝶番を外してもいいし」

 

実際、行方不明になっていた鍵を開けるためにヴィンサート教授が取った手段がそれだった。ちょっとした工具があれば、鍵を壊すことはそう難しくないのである。もちろん、証拠を残さずにこっそりと鍵を開け、そして閉じることは熟練の職人の技であった。

 

「……これが戦場で優秀な人間よ」

 

「なるほど、とはいえ鍵はあるに越したことはない」

 

「何をするの?」

 

シェプルスキアの質問に、ちょうどいいかとアニドは椅子に座る。

 

「冬の学院で、それなりの派閥と繋がりを持った。だから手紙が来る。ただ、その手紙をただの学生に見られたくはない」

 

「検閲はされてもいいと?」

 

テレナが聞くと、アニドは頷いた。

 

「誰もがそれを前提にするからな。ただ、その規則がわからないやつを組み込みたくないだけだ」

 

「……追棋(アファト)で何も考えないで駒を動かすような打ち手はいらない、ってこと?」

 

「その通りだ」

 

アニドはシェプルスキアに言う。

 

「あとは直接内容をまとめてテレナ嬢に見せたいというのもある。というより、学院の知識をあそこに集めたいんだよな」

 

「なら二人ほど、そろそろ動きやすくなる人を知っている」

 

テレナは言う。

 

「……その二人を、どうやって同じ目的のために協力させる?」

 

「まともな貴族の維持と、政治案件から手を引くことと引き換えにする教会の特別性の保証」

 

テレナは地方派と聖座に対して出せる条件を言う。現状で地方派貴族を廃城することはできない。先王であるルメン七世ですら成し得なかったことが、平民上がりにできるだろうか?それは彼らの力を侮っているわけではない。注目しているのは経験だ。

 

生まれたときから貴族として生きている人間は、それだけ特定分野について考える時間が多い。そして人間は経験無しにできることが少ないのだ。ならば、権力闘争を何十年も続けてきた生き残りが果たせる役割は大きい。

 

「特別性って?」

 

シェプルスキアが言う。

 

「聖職者は嫌われがちなのよ。でももしここで聖座関連の人物が免税のような特権を放棄すると言えば?」

 

「……貴族への圧力となるか、平民への追い風となるかはともかく、動きはするな」

 

アニドはテレナのやりたいことを理解していく。アニドができるのはせいぜい学院で知り合った人々に手紙を送るぐらいだ。しかしもしその内容を高い視点から制御し、アニドが繋がれない打ち手にも手紙を送れる人物がいればどうだろうか。

 

それは模型を頭の中に持っているようなものだ、とアニドは考えた。一度それを見た人であれば、自分のいる場所を様々な視点で考えることができる。その目はすぐに養えるものではない。そして、ここにはそれを持っている人たちがいた。

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