角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 4

ゆっくりと、統合王国から手紙が来るようになっていた。

 

「えー外務大臣付首席秘書官補佐係、こっちは……個人名」

 

テレナはそう言いながら手紙を仕分けていく。

 

「あぁ?見せてみろよ。……うーん難しいところだな、名前は聞いたことがあるが」

 

アニドが読んでいた紙から顔を上げて言う。

 

「なかったことにする?」

 

「いや、一応目は通しておく。少なくとも俺に手紙を送ったのは間違いないわけだからな、知らないのを装うのはその後でもいい」

 

「わかった」

 

部屋には様々な本が集まっていた。図書室から長期に貸し出されたものもあるし、フュルシーアの伝手で手に入れたものもある。統合王国の貴族年鑑、家系図、紋章集に法典。アニドを中心とした悪巧みの拠点がここにあった。

 

「っと、拡大鏡ってあるか?」

 

「教授に貸してもらうことなら行けると思う」

 

「頼む。あと酢を」

 

「……隠し文字?」

 

テレナの質問に、アニドは頷く。

 

「わかった。あまり時間はかからないと思う」

 

そう言ってテレナは廊下に行く。拡大鏡のほうの当てはあるので、まずは酢をわけてもらうための容器の確保だな、なんてことを考えながら廊下を歩いていると、いつの間にか隣に歩調を合わせた後輩の少女がいた。

 

「テレナ先輩、お急ぎですか?」

 

フュルシーアの声にテレナは一瞬眉を寄せるが、すぐに手伝ってもらえばいいと気がつく。もし彼女に用事があったとしたら、その後で聞けばいい。

 

「酢をいれる小皿か容器がほしい」

 

テレナがそう言うと、フュルシーアはその意図にすぐ気がついたようだった。

 

「絵に使うやつでいいですか?」

 

「わかりました。食堂のほうでいいですか?」

 

「そうね、なら先に私は別の案件を済ませてくる」

 

「了解です!」

 

小走りで去っていく小さくなる背中を見て、テレナは教授室の一つの扉を叩き、部屋の主に軽く頭を下げて目当てのものを手に入れて食堂へと急ぐ。

 

「あれ、遅かったですね」

 

そして食堂の入口で、フュルシーアはもう仕事を終えていた。

 

「……何に使うのか、ちゃんとわかっている?」

 

「明礬を溶かした液とかを使った手紙ですね」

 

「……相当有名なのね、私はアニドに言われてようやく思い出したというのに」

 

「それなりに使いますからね」

 

そういう会話をしながら、二人は教室に戻る。扉を開けると、明らかに苛ついたアニドがいた。

 

「どうしたの?」

 

「馬鹿がいてな。明確な暗号で手紙を送ってきやがった」

 

そう言ってアニドが見せる紙には、確かに意味の通じない文字の羅列があった。

 

「ああ、これはよくないですね」

 

覗き込むようにしたフュルシーアは言う。

 

「読めるか?」

 

「本気でやらないと難しいですし、それでも解けるという確証はありません。このあたりは少し専門書を読んだことがあるので話せるのですが」

 

「へぇ」

 

テレナは少し興味を持っていた。父との通信で暗号を使ってはいたが、あくまで彼女にその手の知識はなく、家庭教師からの手ほどきを受けたうえで、色々と試行錯誤の上で活用しているものだった。

 

「まず一つ、暗号は道具なしに解読できるほど単純であってはならない」

 

テレナは椅子に座り、指を一本立てる。

 

「どういうことだ?」

 

アニドは訝しげに尋ねる。

 

「ええ、これは少し特殊な事情がありましてね。手紙の秘密というのは、その受け取り手が解読した後に拷問をすれば手に入るんですよ」

 

「うわぁ……」

 

「ああ、なるほど」

 

顔を引き攣らせるテレナと、納得したようなアニド。

 

「あれ、アニド先輩は心当たりがあるようですね」

 

「かつて統合王国においてどれだけの貴族と富裕層が自らの罪を法廷で自白したと思っているんだ?」

 

「なるほど、私達とは違った形でそういう知見に至る人たちもいるのですね」

 

フュルシーアは深く頷く。

 

「そして二つ、それは覗き見された時に暗号だと気が付かれてはならない」

 

「それはテレナ嬢から聞いたな」

 

「あの手紙は本当に面白かったわ」

 

「わかります」

 

フュルシーアはテレナに頷いた。かつてアニドが冬の学院からティロにいたテレナに手紙を送った時、恋文の書き方についてフュルシーアに助けを求めたのだ。そして彼女はそれに精一杯手を貸した。

 

「……忘れてもらえると助かるのだが?」

 

「読んだのは多分私たちだけだから大丈夫だよ」

 

「なるほど、もし権力を握ったら君たちを消すか……」

 

そうテレナに言ってから、アニドは虚しさを感じて息を吐いた。彼にとって権力とは握るものではなく握らされるものであり、そしてそれで成せるような望みはアニドにはなかった。

 

「ただ、そのやり方は間違いなく有効だろうな。これらの手紙はここに届くまでに覗かれている可能性が高いが、普通の手紙なら見逃される可能性が高いだろう」

 

「ところで、なぜアニド君は酢が必要だと?」

 

「文字のかすれとにじみだ。見えるインクの文字の上に透明な液の線が重なると、どうしても特有のにじみが出る」

 

「なるほどね……」

 

答えにテレナは頷きながら、フュルシーアの方を見る。

 

「他には?」

 

「ありますよ、三つ目は暗号を作る人も解読する人も、そして覗き見する人も予想できない要素を入れることです」

 

「おい、それだと暗号が作れないんじゃないか?」

 

「アニド先輩の疑問はもっともです、というよりこれは私の言い方が悪かったですね」

 

フュルシーアは申し訳無さそうに言う。

 

「例えば暗号を作る時に鍵となる単語を、知らない言語の本の特定の場所のものにする。あるいは共通の本を使ったとしても、例えばある場所の文字を行の一番右端から取っていく。賽子を使ってもいいですね」

 

「ああ、それなら確かに拷問でもしなければ鍵を知りようがないわけね」

 

テレナの言葉にフュルシーアは頷いた。

 

「はい。もちろんこれらは必ず満たさねばならないというものではありません。例えば旅人に伝言をさせるという方法もありますし、それが大勢に紛れればある意味では暗号になります」

 

「だから南方系の商人は強いのか」

 

アニドは彼らのことをそもそも考えたことがなかった。話には聞いたことがあり、考えてみればそこにいることはわかるのだが、意識することがなかった。しかし、それは同時に彼らの強かな戦略でもあった。

 

「ええ、とはいえ隠れるような強さにも限界が来ました。だから私が学院に来ましたし、きっと他でも色々とやっているでしょうね」

 

フュルシーアの知る限り、そこに協力体制はなかった。それぞれが生存のために動き、あるものは失敗し、そしてまたあるものは成功する。それが全体としてみれば生き残りに繋がる、という世界をフュルシーアは見ていたのだった。

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